キーワード:2024年問題/超高齢社会/労働環境改善
物流業界を取り巻く「2024年問題」。トラックドライバーの時間外労働時間を年間960時間までとする規制の適用が開始され、各物流・倉庫事業者は、作業効率の向上を図る動きをいっそう加速しています。一方で、コロナ禍を経て物流量は増加傾向にあり、なかでも冷凍食品の輸送や保管を担う事業者に対する需要は拡大しています。高まる需要に対応しながら、いかに作業現場の環境を維持・向上し、働き方改革を実現するか――。この困難な社会課題を解決するために、三菱ロジスネクストは、国内で初めて「マイナス25℃冷凍倉庫対応レーザー誘導方式無人フォークリフト」を開発。お客様への提案に注力しています。今回はこのプロジェクトで責任者を務めた門地正史さんに話を伺いました。
Person
三菱ロジスネクスト株式会社 物流ソリューションエンジニアリング部 物流システム生産設計課
門地 正史
1999年に技術職として入社。技術職としては珍しく販売代理店に約3年間出向し、フォークリフトの販売業務を担当。システムエンジニアリングの研修を受講した際、物流全体のシステムを提案する仕事に興味を持ち、2002年から物流エンジニアリング部門に異動。「お客様とダイレクトに対話し、お客様の課題を技術の力で解決できる」ことが仕事の魅力だと語る。
キーワードは“マイナス25℃でも稼働する無人フォークリフト”
作業環境の向上と人手不足の解決をめざす
――門地さんは物流・倉庫業界の方とさまざまな接点があると思います。業界の現状をどのように捉えていますか。
ご承知のとおり国内の労働人口は減少を続けています。これにともない、フォークリフトを扱える作業者の絶対数も減少する傾向にあります。物流・倉庫業界の業務稼働は、熟練フォークリフトオペレーターのスキルに頼る部分も多いのですが、フォークリフトの運転技術を習得するには時間やコストがかかるため、慢性的な人手不足が続いています。
今回のプロジェクトに関わるところを少し詳しくお話しすると、近年、低温物流を支える冷凍倉庫への需要が拡大しています。背景にあるのは冷凍食品市場の伸長です。今後も冷凍倉庫の需要は拡大が見込まれますが、冷凍倉庫内では健康上の理由から長時間の連続作業は難しく、作業者の負担軽減や慢性的な人手不足のなかでの安定稼働が喫緊の課題となっています。
国内労働力人口(15~64歳)の推移
――「マイナス25℃冷凍倉庫対応レーザー誘導方式無人フォークリフト」を開発した背景にはそうした課題があったのですね。
プロジェクトをスタートしたのは2021年です。ニチレイロジグループ様から新しいフォークリフトを開発してほしい、とご相談をいただいたことがきっかけで開発に着手しました。営業部門や工事部門の担当者数名が参画するプロジェクトが立ち上がり、私は責任者として開発全般と試験、工程管理の取りまとめを担当しました。
同社の具体的な要望は「これまでのレーザー誘導方式無人フォークリフトが稼働できるのは0℃までだが、マイナス25℃の冷凍倉庫にも対応するレーザー誘導方式の無人フォークリフトが欲しい」というものでした。冷蔵・冷凍倉庫の用途としてもっとも多いのは冷凍食品です。冷凍食品は、法令などによってマイナス18℃以下で保存することが定められているため、冷凍倉庫はマイナス20~25℃に設定されています。そこで「マイナス25℃」の環境下でも稼働し、かつ、倉庫内の設計変更などにも柔軟に対応できるレーザー誘導方式の無人フォークリフトの開発をめざしました。レーザー誘導方式は、走行ルートの床面に磁気棒を敷設する磁気誘導方式に比べて、工事が不要で運用の自由度も高いというメリットがあります。
倉庫区分と保管物品質管理上の温度帯区分
冷凍・冷蔵倉庫温度帯別の設備能力(全国)
――開発工程において課題になったことや困難だったことはありますか。
フォークリフトは、マイナス25℃の冷凍室と、そうではない前室と呼ばれるもう少し温かいエリアを行き来します。温度差のあるエリアを区切るために防熱扉が設置されているのですが、その扉を開けると、どうしても霧が発生します。霧が出ると、フォークリフトが自機の位置を認識するために照射するレーザー光線が霧で遮られてしまい自律走行ができなくなります。この霧が発生した時の課題を解決するのは大変でした。
当初は6カ月ほどでできると考えていたプロジェクトですが、開発が完了して稼働するまで1年2カ月と倍以上の時間を要してしまいました。
――国内初の製品開発は困難をともなうのですね。ほかにプロジェクトで印象に残っていることはありますか。
物流機器に対するご要望が起点になって開発を始めることは多いのですが、今回特別だったのは、お客様にテスト環境を提供していただけたことです。当社には冷蔵倉庫や冷凍倉庫はありませんから、実際に機器が使用される環境でテストできたことは今後の開発に向けて良い経験になりました。
また、プロジェクト期間のうち約6カ月は、ずっと現場にいたのですが、現場に足を運んでみて初めてわかることが多々ありました。とくに、性別や年齢、国籍も異なるさまざまな方が働いていたことは印象に残っています。従業員の皆さんは低温の倉庫のなかで夜10時から翌朝4時まで働く夜勤もこなされていますが、慣れない私には、冷凍倉庫内でのテストは4時間が限界でした……。とても寒かったです。言葉で書くマイナス20℃と体感するマイナス20℃の違いを身に染みて感じ、こうした環境で仕事をする方々の心身の疲労は相当なものだろうな、と思いました。
フォークリフトの機能面についても、実は今まで私たちメーカー側は、レーザー誘導方式の使用環境として「霧が出ない環境で使用する」ことという条件を設けていました。しかし、現場に行ってみると「そんな冷蔵・冷凍倉庫はない!」というのがよくわかりました。現場で働く方々や環境をこの目で見たことで、「早く製品化しないと!」という思いがいっそう強くなりました。
技術の力で社会課題を解決する
多様な人材が働く環境だからこそ、使いやすさにこだわりたい
――マイナス25℃の冷凍倉庫に対応する新しいフォークリフトの開発後、反響などはありましたか。
開発後は、プレスリリースを配信したほか、展示会にも出展しました。これまで冷凍倉庫業界では、「無人化は難しい」という考えが一般的だったのですが、このフォークリフトを知ってもらえたことで、さまざまな企業からお問い合わせをいただいています。そもそも無人化すると考えていなかったお客様からお声がけいただくことも多く、無人化への期待の高さを感じます。
無人化技術は、人の労働力を代替するものです。一昔前だと、無人フォークリフトの導入に慎重になり、費用対効果の検討に時間がかかるケースもありましたが、現在は人手不足の状況ですし、単に人の代替ではなく効率化の面でメリットがあると認知が広がったことで、自動化・省人化に積極的に取り組むお客様が増えている印象です。また、国内には築50年以上経過している冷凍倉庫が増え、今後その約3割は建て替えが見込まれていますので、無人フォークリフトへの需要はさらに高まるものと期待しています。
――今後計画していることや展望をお聞かせください。
当社の売上高比率の7割以上は海外事業が占めています。今回開発した無人フォークリフトは、現在は国内でのみ販売していますが、海外向けの製品開発も視野に社内向けにレクチャーを行っています。ただ、広い敷地を確保できる海外では、広大な倉庫内の横いっぱいに並べたパレットを「一気に運びたい」といったニーズもあります。ですから、今の製品をそのまま輸出することは難しいと思いますが、今回開発した技術は必ず応用できると考えています。
また、これは個人的な考えですが、フォークリフトのユニバーサルデザイン化に取り組みたいと思っています。
以前、無人フォークリフトの警告表示などを多色化したことがあります。例えば、緑色は走行中、オレンジ色は荷役作業中、青色は停止中、赤色は異常発生中……というように遠くから見て文字が読めなくても、フォークリフトの状態がわかるようにしました。先にお話ししたように多様な方々が働く環境ですので、ユニバーサルデザインの観点から、誰にとっても使いやすく安全な無人フォークリフトの開発は重要なテーマだと改めて感じているところです。
――最後に、門地さんの感じる仕事の魅力を教えてください。
プロジェクトを振り返って改めて感じるのは、開発という業務を通じて社会課題解決に貢献できる仕事の面白さです。お客様の「こんな商品が欲しい!」「こんなことができたら便利なのに」「もう少しここを改良してほしい」というさまざまなご要望に耳を傾け、プロジェクトメンバー全員で具現化していく――これが、この仕事の醍醐味だと感じています。たまに、お客様からお褒めの言葉をいただけた時は、僕自身とても糧になり、ありがたいな、と心から思います。
最近は新たな取り組みとして、開発メンバーと曼荼羅チャートをつくっています。持続可能な物流機器・システムを提供するという会社の大きな目標を達成するために、開発者として何ができるか考えるきっかけになればと思い始めました。自分一人でできることは小さなことかもしれませんが、チーム・会社全体で取り組めば、どんな目標も達成できると信じて、これからもチャレンジを続けていきます。
取材後記
幅広い物流シーンで活躍する三菱ロジスネクスト様の無人フォークリフト。しかし、機械が正常に動作しない過酷な環境下では、人間が荷物を働かなければいけない場面があるというのを今回の取材で初めて知りました。
実際に冷凍倉庫に何度も足を運び、身を持ってその過酷さに触れたからこそ、一日も早い製品化に向けての思いが強くなった…という門地さんの熱いコメントに胸を打たれました。
労働時間規制などを背景に物流現場での人手不足が深刻化する一方、簡単には機械に置き換えらない現場は他にも多く存在するのだと思います。今後も、門地さんをはじめとする三菱ロジスネクスト様の技術により、今よりも広い範囲で物流の自動化に向けた取り組みが進んでいってほしいと思いました。
(ブレーンセンター YI)
日本輸送機、三菱重工フォークリフト部門、TCM、日産フォークリフトの4社を前身とする物流機器メーカーが統合し、2017年に三菱ロジスネクストとして発足。「物流の安全、自動化、脱炭素化」をパーパスに掲げ、バッテリー/エンジンフォークリフトから自動倉庫、稼働管理システムまで、輸送・保管・管理に関わるさまざまな商品の開発・設計・製造・販売を行う。2035年長期ビジョンでは、脱炭素化、安心・安全な車両の提供に加え、「自動化・自律化」と「繋ぐ」ニーズに応える機器の提供、ならびにそれらを安心・安全に動かすためのソリューションの提供を目指している。