キーワード:JICA留学生/水処理技術/海洋汚染の削減
「水の惑星」と呼ばれている地球は、地表の約3分の2が水で覆われています。しかし、そのうち約87.5%は海水であり、私たち人間にとって使いやすい河川や湖沼などの淡水に限ると、その量は約0.01%しかないと言われています。横浜市にある日之出産業では、この限りある水資源を確保するため、高度な水処理技術を駆使して世界各地で排水をきれいにし、循環させるための製品やサービスを提供しています。そこで技術職員として日々研究に励み、海外プロジェクトでは語学力を活かして現地の人たちとの繋がりを深めているMikhaelさんに話を聞きました。
Person
日之出産業株式会社
技術部 微生物研究室 水処理技術開発室
Mikhael-Christ Dossou-Yovo
母国ベナンのCatholic University of West Africaで農業を専攻。さらなる学びの機会を求め、もともと興味があった日本への留学を決意し、2019年にJICAの「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ:African Business Education Initiative for Youth(ABEイニシアティブ)」に応募。コロナ禍での延期を経て、2021年に山形大学農学部でバイオマス資源について学び、プログラムの一環として複数の日本企業でインターンシップを実施。2024年6月、インターンシップ先のうちの1社であった日之出産業にて技術職員としての勤務を開始。
高度な排水処理技術で環境と健康を守る
―――日之出産業は、水処理技術を通じて環境問題の解決に取り組んでいるとのことですが、具体的にはどのように製品やサービスを提供していますか。
私たちは、水処理に関する知識や技術を活かして、排水処理に必要な薬剤や設備、システムなどを提供しており、使用済みの水をより安全かつ効率的にきれいにすることで、人々の健康だけでなく、環境も守ることを目指しています。そのため、排水処理の仕組みを改善することはもちろん、排水がどのように収集され、何が問題になっているのか、さらに、使用済みの水をどう再利用するのかなど、その地域や施設の排水処理全体について総合的に考えながら課題解決に取り組んでいます。加えて、提供する薬剤や排水処理システムなども、お客様が抱えている課題や置かれている状況に合わせてカスタマイズし、それらに応じたマニュアルを作成しています。さらに、排水処理に関連する健康問題や環境問題に取り組むとともに、その地域に住む人々に水問題の重要性を理解してもらうための教育やトレーニングなども実施しています。
―――Mikhaelさんご自身はどのような業務を担っているのですか。
例えば、2020年から2023年の間、モロッコのある小さな村に当社の薬剤やシステムを使った排水処理工場を建設するプロジェクトがありました。これはUNIDO※のプロジェクトでもあるのですが、工場を建設するだけではなく、その村の農業を担っている女性たちに水処理について学んでもらうこともプロジェクトの目的の一つでした。そんななか、彼女たちとの会話を通して、農業用水が不足しているということが分かりました。そこで、工場で処理した処理水を農業用水として再利用するところまでの仕組みを構築し、さらに排水処理の過程で発生するスラッジも農業肥料として再利用できるようにしました。このように、ただ単に排水処理に関連する課題を解決するだけではなく、そこで暮らす人たちの生活や健康をより良くするために、当社の知見や技術を活かして取り組んでいます。
※ 国連工業開発機関(United Nations Industrial Development Organization)
排水によりどのような薬品をどの程度入れるかは経験がモノを言う世界。日々研鑽を積んでいる
共通の目的を達成するため、言語と理解のギャップを埋めていく
―――現在は、どのような海外プロジェクトに携わっていますか。また、そこでの役割を教えてください。
フィリピンのミンダナオ島にあるパブリックマーケットに、国の新たな水質規制を満たした排水処理施設をつくるプロジェクトをJICAが主導しているのですが、そこに日之出産業も参加していて、私もそのプロジェクトメンバーの1人です。フィリピンの排水基準はかなり厳しくなったので、そのレベルをきちんとクリアし、汚染水による死亡率の低減や観光資源である海洋の汚染を削減する排水処理を実現することが目的です。このプロジェクトには、当社のほかに日本のコンサル企業やフィリピン現地の企業、両国の大学や研究機関なども携わっているため、いろんなバックグラウンドの人たちが複数の国から参加しています。
海外プロジェクトでは現地に行く前に、全体の計画をプロジェクト関係者全員で話し合って決めますが、海外でのプロジェクトの最初の段階では、その国のスタンダードはどうなのかなどを知ることが大事です。その国が抱えている問題や排水処理関係の状況などが分からないと、どのシステムや薬剤を使うべきなのかが決められないからです。
私は、このプロジェクトで現場業務のモニタリングを担当します。ほかにも現地の人たちへのテクノロジートランスファーも担当する予定で、新しく導入したシステムなどがどのような仕組みなのか、どう使うのか、どのような効果があるのかなどを教えます。ただ、現地では英語を使用するので、マニュアルなども英語にする必要があり、その作成も担っています。
―――プロジェクトを進める中で特に難しかったことや乗り越えるのが大変なことはありましたか。
どのプロジェクトでもそうですが、バラバラの言語を話す関係者たちときちんと理解し合いながら効率的にコミュニケーションをとるのが一番難しいです。プロジェクトのほとんどは日本語で進みますが、私はその意味を完全に理解することが、簡単ではありません。加えて、メンバーも国やバックグラウンドがバラバラなので、関係者全員のやりたいことやプロジェクトの方向性を合わせるのも大変です。
その中で私が大切にしているのは、最も基本的な目的を明確にすることです。みんなが目的を理解して、共通の目標を持っていれば、それを実現するための話し合いができると思っています。ですから、自分の意見を言うだけではなく、他の人の意見を聞くということも大事にしており、普段から常に誰かと話をしながら進めるようにしています。さらに、フィリピンでは日本語で決まったことややってきたことを英語に置き換えて現地の人たちに説明することになるので、しっかり理解してもらうことが肝心です。なかなか難しいですが、誰が聞いても理解できるように焦らずゆっくり説明することを心がけてやっていきたいと思っています。
また、プロジェクトは長期的なものが多く、今回のプロジェクトも私が参加する前からすでに始まっていました。なので、これまでにプロジェクトで他の人たちがやってきたことや、問題点、その理由などを事前にしっかりと勉強するようにしています。そうすることで、自分にとってもとても良い学びにもなりますし、問題点などを検討するミーティングなどでも、他の人たちと同じ土俵で話に参加することができ、よりプロジェクトに貢献することができるからです。
フィリピン・プロジェクトでの現地調査の様子
持続可能性を実現するには、課題を知ることから始める
―――持続可能な社会を実現するために最も重要なことは何だと考えていますか。
持続可能な社会を実現するために重要なことは2つあると考えています。
1つ目は「若者への教育」です。若者たちはとてもクリエイティブで、多くの解決策を提案できる可能性を秘めていますが、彼らが解決策を見出すためには、まず課題について知る必要があります。その重要性について気づいたきっかけは、2022年に国連食糧農業機関(FAO)が主催する「世界食料フォーラム」に参加した時でした。このフォーラムに参加していた研究者の多くが、若い人たちだったのです。彼らは解決したい問題についてきちんと教育を受けていたため、問題解決の方法やその対処法による影響、その結果についても理解し、何をすべきかを分かっていました。
持続可能な社会の実現のために、多くの人々がさまざまな試みに取り組んでいますが、今はまだ、それらの活動について若い人たちに話す機会がありません。ですので、まずは持続可能性に向けた活動状況や課題・目標などを共有する機会を設けて、その活動を若い人たちがどう思っているのかに耳を傾けるべきだと思います。彼らの可能性を信じているからこそ、若者への教育やトレーニングは非常に重要だと考えています。
2つ目は「小規模コミュニティに焦点を当てる」ことです。環境問題などでは、国レベルの大規模なプロジェクトを考えがちですが、具体的な問題を抱える小規模コミュニティで問題解決に取り組むことで、直接的な影響を与えることができます。例えば、小規模コミュニティでは独自の方法で廃棄物を燃やすなど、必ずしも最適とは言えない処理方法が根付いている場合があります。まずは、そのコミュニティにいる人たちに、それら独自の方法から発生するマイナス面があることを知ってもらい、問題点を理解してもらうことが大切です。そうすると、意外とすんなりと解決策が出てくることも多いのです。
まずは小規模コミュニティの問題に取り組み、小さな課題から1つずつ解決していくことで、持続可能性にも貢献できます。その積み重ねによって、政府や産業界などとの協力体制も築いていくことができると考えています。
夢に向かって一歩ずつ、学びと繋がりを積み重ねる
―――現在の業務の中で特に楽しいこと、やりがいがあることは何ですか。
今は水などの分析をするのが楽しいですね。分析を通してたくさんの知見を得ることができています。特に、自分で分析をして問題点を見つけ、どのテクノロジーや薬剤を使うとその問題を解決できるのかをいろんな実験をやりながら見つけ出していくのがとても面白いです。
また、海外でのプロジェクトでは、自分の国や日本だけでなく、他の国の排水処理のシステムや方法を学ぶことができ、どのような問題やソリューションがあるのかを知ることができるのも楽しいです。これからもっといろいろなプロジェクトに参加し、経験を積むことで、もっと速くソリューションにたどり着けるようになると思うと、今からワクワクします。
―――将来やりたいことや、挑戦したいことはありますか?
日本とアフリカは今でもすでに良い関係にあると思うのですが、アフリカで事業を展開している日本企業はまだ多くありません。ですから、個人的な目標として、日本の企業とアフリカの市場をつないでみたいと思っています。日之出産業はもともとアフリカとの繋がりがあるので、まずはそれを活用して、水処理関連での課題を見つけ、テクノロジートランスファーをやっていきたいです。
そして、もっと大きな夢は、世界中の人たちをコネクトすることです。みんなで一緒に何かに取り組みたいと思っています。日之出産業では、いろんな国の人たちに出会うことができ、日本だけではなく他の国でのプロジェクトにも参加できるため、すでにこの夢に向かって進み始めることができていると感じています。
世界に目を向け、違いを活かす
―――日本での暮らしにおいて感じたいい点や課題を教えてください。
日本で働くなかで一番難しいのは、文化と言語です。日本語には敬語があったり、建前の文化があったりして、とても難しく感じます。私は留学する2年前から本格的に日本語の勉強を始めましたが、どこに行ってもまずは言語が大事です。言葉を覚えれば、その国に適応するのが少しは簡単になると実感しています。
また、規律正しさや顧客への敬意、時間を尊重する姿勢など、日本の仕事スタイルには良いなと思う点が多く、他の国の人たちが学べる点だと思います。一方で、日本企業の仕事の進め方は、時にゆっくりに感じることもありますが、それは常に結果を重要視しているからこそなのだろうと理解しています。このような日本の哲学をこれからもっと学んでいきたいと考えています。
私は子どもの頃から、日本のテレビや漫画、アニメなどに触れる機会があり、日本に興味を持っていました。日本の文化や食べ物などをもっと知り、小さなことからたくさんの経験をしてみたいという思いもあって、日本を留学先に決めました。仕事だけではなく、趣味などを楽しむことも大切だと思っているので、プロフェッショナルとプライベートの両方を充実させ、学びながら生活を楽しむことができる日本は、私にとって最適な場所なんです。
―――このメディアの読者は大学生など若い人たちもいます。若者に向けたアドバイスをお願いします。
日本で働きたいと考えている若い人たちには、ぜひがんばってもらいたいです。たくさん勉強してください。言葉や文化、考え方などが「違う」ということは問題ではありません。むしろその「違い」を力にしてほしいです。文化などの違いは勉強になりますし、オープンマインドでその違いを尊重し、自分の文化も他の人たちに教えてあげてください。
また、日本の若い人たちには、世界に目を向けてもらいたいです。これからはもっとグローバリゼーションが進みます。なので、他の国の文化を知ることはとても大事になってきます。そしてぜひ、自分の夢を大切にしてください。やっぱり、自分の夢を叶えるためにがんばることが、一番大事だと思います!
編集後記
環境問題や健康リスクなどの改善にかなり密接に関わるような重要なお仕事をされていると聞き、素晴らしい取り組みだと感じました。海外のプロジェクトでは、モニタリングなどに加えて現地の人に説明したり、トレーニングを実施したりしているという点が、持続可能な社会づくりのまさに第一歩なのではないかと感じました。
それに加え、ミカエル様自身が、分析や発見、海外での学びなど、全てにおいて楽しく仕事をしていると話されていたことがとても印象に残りました。私も、自分にとっても社会にとっても必要なことを模索して、自分と社会、双方のwell-beingを実現していきたいと感じました。
千葉大学 国際教養学部1年 羽石 陽奈来

1976年創業の排水処理専門企業。排水処理薬品の製造販売、排水処理設備の設計・施工・メンテナンス、微生物製剤の開発を主要事業とする。長年の経験と技術力を活かし、多様な排水処理ニーズに対応。外国籍の社員も積極的に受け入れ、国際的なプロジェクトにも参加。排水処理技術を通じて、水質汚染の防止や資源の有効活用に貢献し、SDGsの目標達成に貢献している。