キーワード:植物肉の活用/代替肉/tryveggie
世界的な人口増加によって、一説では2030年頃にタンパク質の需要が供給を上回る「たんぱく質危機」が到来する可能性があると言われています。そのなかで、代表的なタンパク質である肉に関しては、家畜から排出されるメタンガスが世界の温室効果ガスの約14%を占めると言われており、また畜産業は水質資源の枯渇・汚濁や飼料となる穀物資源の大量消費など、さまざまな環境・社会課題を抱えています。こうしたなか、エシカル消費が盛んな欧米を中心に畜産肉の代替となる「植物肉」への注目が高まっており、2030年には食肉市場の10%を占めると予測されています。日本の食品メーカーも同市場に次々と参入するなか、プリマハム株式会社は2021年3月に大豆ミートを活用した新領域の商品を発売。その開発経緯や今後の展望について、プロジェクトの中心メンバーである商品企画部の望月洸さんと石井千尋さんに伺いました。
Person
プリマハム株式会社
開発本部 商品企画部 第二課
望月 洸
伊藤忠商事(株)で鶏肉や加工品の輸入食材を取り扱っていた経験を活かし、2020年4月にプリマハム(株)に出向し、大豆ミートの商品企画プロジェクトのリーダーに着任。学生時代は「いかに安く多くのお肉を食べられるかが最大の関心事だった」という肉好き人間ならではの熱意で、気候変動問題にも大きな影響を及ぼす畜産・食肉業界の課題と向かい合い、植物肉の商品開発に力を注いでいる。
Person
プリマハム株式会社
開発本部 商品企画部 第二課
石井 千尋
大学時代は発酵や酵母菌などを研究。技術が活かせる食品関連企業を志望し、「毎日食べる身近な商品を扱う」プリマハムに入社。商品企画部に所属し、ハム・ソーセージや加工食品などを幅広く担当するなか、2年目に大豆ミートの開発プロジェクトに参画することとなり、以来、パッケージデザインなどを担当している。
「大豆ミート」という“新領域”を開拓する
――最初に、このプロジェクトに参画するまでのお二人の経緯を聞かせてください。
石井:商品企画部員として「代替肉に関する情報収集」という業務に携わっていたことがそもそもの始まりです。食肉をメインとする欧米では、温暖化をはじめとする環境・社会課題の重要な解決策の一つとして、代替肉の開発・普及が進んでいます。そこで、国内外における動向を調査すると同時に、当社においても施策を立案していこうというプロジェクトが立ち上がり、そのメンバーとなりました。
(矢野経済研究所調べ)
注1:メーカー出荷金額ベース
注2:市場規模は植物由来肉と培養肉の合算値
――望月さんはどういう経緯でしたか?
望月:私は2020年春に伊藤忠商事から出向してきたのがきっかけでした。せっかく新しい職場に来たのだから何か新しいことにトライしたいと意気込んでいたのですが、商品企画部に配属されて初めて参加した検品会で、周囲の“食肉のプロ”がハムやハンバーグを一つひとつ試食しながら味や風味の違いを精緻に言語化している様子を見て「これはかなわない」と思いました。そうしたなかで、石井さんが所属するプロジェクトで国内外の情報を収集しているという話を聞き、ここなら商社時代に見聞きしていた「持続可能な畜産と食肉」に関する知見や得意とする情報収集力が活かせると考え、自ら手を挙げたという次第です。
――2020年の4月、望月さんをリーダーとするプロジェクトが始まりました。
望月:石井さんが手掛けてきた調査結果などを踏まえて、4月から商品開発部とともに具体的な商品設計をスタートすることになりました。また、石井さんにはお客様に近い感覚を活かしてパッケージデザインのプロデュースをお願いしました。
石井:調査では、ハム・ソーセージなど加工食品の購買層は30代以上のお客様がメインで、それより若いZ世代を含めたお客様は「サステナビリティ」、ご高齢のお客様は「健康」が大きな購買動機になっていました。そこで、新商品を通じてお客様の層を広げていくために、持続可能な植物系の原料で、かつ豊富なたんぱく質を含む植物肉――「大豆ミート」をベースにするという方向性を打ち出しました。
――植物性素材を原料とする代替肉は欧米でも主流となっています。
望月:たんぱく質が豊富で、加工技術を工夫することでお肉に近い味になるという点が評価されています。ただ、我々がめざす商品は、そうした代替肉とは根本的に異なると考えています。それは「代替肉ではなく、新領域の商品を開発する」という開発コンセプトです。
欧米では、食肉文化のサステナビリティを実現するために代替肉が求められていますが、日本の食文化の特長は、野菜や肉、魚などをバランス良く摂るところにあります。こうした食の豊かさを維持しつつ、地球環境のサステナビリティにも貢献していくために、我々は大豆ミートを、“お肉に近い代替品”ではなく、“お肉の食感をもつ新食材”と位置づけ、お客様に提案することにしました。時々、「食肉メーカーのプリマハムがなぜ大豆を原料にした商品を出すのか?」と聞かれることがありますが、我々は上質なたんぱく質をおいしさとともに提案する食肉メーカーとしてのアイデンティティを維持しつつ、環境・社会課題に対応しながら日本の豊かな食文化に貢献したい、食の選択肢を一層広げていきたいと考えているのです。
開発にあたっては、「ダイズラボ」シリーズを展開するマルコメ(株)様をパートナーとして協業することにしました。ブランド力のあるマルコメさんとの協業をアピールすることで、早期に市場での認知度を高めることができると考えました。
「大豆ミート体験」を促す数々のトライ
――どんなプロセスを経て発売に至ったのでしょうか?その間の課題などもお聞かせください。
望月:7月頃にはミートボールやハンバーグ、フライドチキンなど第一弾の商品ラインアップが決まり、いよいよラボスケールでの開発から工場での生産、そして2021年春の全国販売へと、具体的なスケジュールが見えてきました。
そのプロセスのなかで超えるべき壁となっていたのが、「代替肉に興味はあるけれど、購入したことがない」という、約7割におよぶ消費者の意識でした。
石井:ちなみに「7割」というデータは当初の調査段階からわかっていました。ですから開発にあたっては、おいしさと、お肉としての食感にとことんこだわると同時に、商品化にあたっては、そのおいしさを多くのお客様にアピールし、「食べてみよう」と思っていただけるよう、手軽に買える“小容量・低単価商品”という位置づけにこだわりました。
望月:新領域の商品ですので、いきなりメイン食材としてご利用いただくのは難しいだろうと仮説を立てたのです。であれば、例えば夕食やお弁当のおかずの一品、あるいはおつまみとして手に取ってもらい、とにかく試してもらおうと考えました。商品名を「トライベジ」としたのも、「大豆ミートにトライしてみることで新しいおいしさと出会え、かつ環境・社会課題の解決にも貢献できますよ」というメッセージを伝えたかったからです。
――大豆を原料とした小容量商品となると、製造プロセスにも工夫が必要ですね。
はい。ラボスケールで少量の商品がつくれても、大量生産を前提とする工場ラインで生産性を維持するためには従来とは異なる生産技術が必要です。また、大豆という勝手の違う素材を扱うことの難しさもあり、工場ラインでのテストでは2、3か月、さまざまな試行錯誤を余儀なくされました。
――現場の反応はどうでしたか?
最初に話を持って行った春頃には大豆原料の少量多品種商品ということで「わざわざ生産性を落としてまで、なんで健康食品なのか?」という反応でしたが、時間をかけて新商品のコンセプトや意義を話すうちに「やってみよう」という雰囲気が出てきました。実際、秋口に開始したテスト生産ではものすごく不格好なミートボールができてしまったことがありますが、工場の方が「新商品にトライするのに失敗はつきものだ」と言ってくれ、先へ進む力をもらったことを覚えています。
――そうしたなかで石井さんはパッケージデザインを進めていたのですね。
石井:はい。こちらも試行錯誤の連続でした。海外の商品パッケージなどを参考に、新領域の商品ということでイラストを使ってみたり、当社が使ったことのない色調などを試したり。そうしてできた試作品を社内だけでなく量販店の方にも見てもらって修正を加えていきましたが、最後に行き着いたところは「シズル感」…揚げ物や肉が焼ける際の「ジューッ」という音を感じさせる写真の力です。仕上げるまでに時間はかかりましたが、発売後の調査では幅広い年代に好感をもって受け入れていただけたようで、満足いく結果になったと思います。
「日々の食卓の一品」をめざす
――2021年3月に発売開始。その反響とこれからの課題・展望を教えてください。
望月:おかげさまで大変好評いただいており、幅広いお客様にご購入いただき、売上数字としても想定目標を上回る勢いです。ただ、我々の今回の挑戦は、「どれだけ売れるか」だけでなく「どれだけ多くのお客様に大豆ミートにトライしてもらえたか」がより重要なポイントですので、SNSなどで取り上げられ、「試してみよう」という雰囲気が高まっていることはとても喜ばしいことだと考えています。
石井:もちろん、好意的な意見ばかりではありませんが、プリマハムのおいしさ・健康へのこだわり、サステナビリティへの思いを手軽に体験していただける機会を増やすという所期の目標には徐々に近づいている実感があります。
――今後の展開について教えてください。
望月:現状、国内3工場で9品目を生産しています。この秋からはラインアップを大幅に拡充し、「試してみよう」から「日々の食卓の一品」になることを目標にさらなる拡販に注力していきます。
石井:競争が激しい加工食品の世界で地位を確立するためにはリピーターの獲得が必須です。引き続き多くのお客様に手に取っていただけるよう、商品の品質はもちろん、パッケージを含めたマーケティング戦略においても、より質を追求していきたいですね。
――そうした取り組みが環境・社会課題の解決につながっていくと。
望月:もちろん、大豆ミートという商品だけで解決するとは言えませんし、私自身、正直「サステナブルな商品だから買おう」というレベルにはまだ至っていません。けれど、だからこそ「興味はあるけど、買ったことはない」という7割のお客様に商品のおいしさ・食感を実感いただき、日々の暮らしに着実に浸透させていくことが食肉メーカーとしての使命だと考えています。
1931年に「竹岸ハム商会」として誕生したプリマハムグループは、「おいしさと感動で、食文化と社会に貢献」を目指す姿として、ハム・ソーセージの製造を起点に食肉事業、加工食品事業を展開。近年では、タイを中心としたアジア圏へと事業を拡大している。また、持続的な成長を図るために、2020年9月に「プリマハムグループの重要課題(マテリアリティ)」を特定。アニマルウェルフェアへの対応を進めるなど、サステナビリティマネジメントを追求している。