繊維リサイクル

日揮ホールディングス

日本発。繊維to繊維のケミカルリサイクル技術を世界へ

日本を代表するプラントエンジニアリング企業・日揮グループは、中期経営計画「Building a Sustainable Planetary Infrastructure 2025」のなかで、2040年への長期成長を見据えた「将来の成長エンジンの確立」を掲げ、EPCビジネス(設計・調達・建設)の枠を超えた新規事業創出を目指しています。今回は、前回のクリーンミート(培養肉)商業化プロジェクトの山木さんに続き、繊維to繊維のケミカルリサイクル技術の普及に邁進する古川雅敏さんにお話をうかがいました。

Business Person

日揮ホールディングス株式会社 サステナビリティ協創オフィス 資源循環ビジネス プログラムマネージャー
株式会社RePEaT(リピート) CTO(Chief Technology Officer)

古川 雅敏

学生時代に化学工学を専攻。海外でさまざまな困難に立ち向かいながらスケールの大きなプロジェクトを遂行し、活躍する先輩社員にあこがれて日揮に入社。LNGプラント等の設計を担当し、海外赴任も経験。その後、自身の希望で2020年にサステナビリティ協創部に異動し、現在は繊維リサイクル事業を担うリピート社のCTOとして活動している。

 

Contents

 

日揮のトランスフォーメーション:
オイル&ガスのEPCをベースにサステナブルな事業開発へ

——サステナビリティ協創部設立の背景と、古川さんが参画した経緯を教えてください。

 ここ数年で、日揮グループを取り巻く事業環境の変化は一層スピードを増しています。その背景にあるのが、脱炭素という大きな時代の要請です。当社は石油やガスなどの化石燃料向けのプラント建設事業(EPC)が主力ビジネスですが、日本や世界の将来にわたるエネルギー基盤をしっかりとつくっていくためには、化石燃料にとらわれず、新しいフィールドにシフトしていくことが求められている。今まさに変革期を迎えている状況です。

 こうした環境の変化を受けて、私自身も「化石燃料ベースのビジネスが主流の会社に未来はあるのか…」と悩んでいたタイミングで、日揮グループがビジネストランスフォーメーションへの決意を示す長期経営ビジョン「2040年ビジョン」を発表し、実際にサステナビリティ協創部が立ち上がりました。ちょうど「新しいことにチャレンジする機会が欲しい」と上司に掛け合っていたこともあり、同部に異動しました。

——サステナビリティ協創部は、日揮グループのなかでどんな役割を担うのでしょうか。

 新規事業の創出を担う部署です。エネルギーの低・脱炭素化や、資源循環やバイオテクノロジーなどの新領域と、日揮グループの得意とするEPCビジネスとを掛け合わせたサステナブルな新ビジネスをつくり、リスクを分散すること、そして企業としての収益源を増やしながら世の中に貢献していくことを目的にしています。また、自社開発技術にこだわらず、最先端の環境技術を保有する企業との協業や大学とのオープンイノベーションも積極的にやろうとしています。政府機関や自治体なども巻き込みながらバリューチェーンを構築し、スピーディーな事業化を目指すのが私たちの役割です。

 現在、サステナビリティ協創部が手掛けたプロジェクトで事業化しているのは、水素・アンモニア関連事業、廃食用油から燃料をつくるSAF事業、そして繊維リサイクル事業などです。

——異動により、古川さんの価値観に変化はありましたか。

 異動してすぐに繊維リサイクルの事業化を任されたのですが、当初は「新規事業を創出するとはどういうことだろう」という感覚で。というのも、EPCビジネスは受注産業なので、事業をゼロから立ち上げる機会はなかったのです。そのなかで、私なりにミッションを考えていきました。「事業を創る」というのは、技術を保有する異業種のプレイヤーたちと一緒になって、プロジェクトマネジメントの力で新しい価値を世の中に提供していくことだ、と。いろいろな人と協力しながら未知のビジネスを開拓していくのはきっと面白いはずですし、何より「自分で事業を立ち上げる」「新しい価値を創る」ことに挑戦できるのは大きなやりがいがあると考えました。

リピート社の設立:
繊維to繊維のリサイクルができる循環型再生技術を世界に普及

——新会社のリピート社では、具体的にどういったことを目指しているのでしょうか。

 世界で最も生産量の多い合成繊維であるポリエステルに着目し、廃棄されたポリエステル製品を再び繊維にするケミカルリサイクル――製品を再び原料へと化学分解する“繊維to繊維”のリサイクル手法で、その技術を国内外に普及させていくことを目指しています。リサイクル手法には、廃棄物を洗浄後溶融し、成形し直して再利用するメカニカルリサイクルという手法もありますが、不純物が含まれるため、繰り返していくうちにだんだん品質が劣化していき、いずれ再利用できなくなります。一方、ケミカルリサイクルなら、メカニカルリサイクルが不可能となった行き場のない廃材でも不純物を取り除いて再利用することが可能になるわけです。

 特に、リピート社のケミカルリサイクル技術は、染料や着色料なども除去することができる、つまり脱色できるというのが大きな特徴です。これはケミカルリサイクル技術のなかでも限られた、突出した技術で、衣服のリサイクルシステムを構築していくにあたっては大きな力を発揮します。色を抜けないと暗い色の生地しか作れませんが、脱色できれば再びさまざまな色の生地を作ることができるからです。

色鮮やかな布も、ケミカルリサイクルによって無色のペレットに戻すことができる。

——改めて、日揮・帝人・伊藤忠の3社で新会社を立ち上げた経緯を教えてください。

 日揮グループが「2040年ビジョン」達成に向けて資源循環への挑戦を掲げるなかで、サステナビリティ協創部として、どの領域を攻めていくか検討が行われ、そのうちのひとつが廃棄衣料問題を解決しうる繊維リサイクルでした。もともと帝人が保有していたポリエステルのケミカルリサイクル技術をブラッシュアップして活用できないかという議論は、私が入った時点ですでに開始されていましたが、私が参画してから事業化に向けた本格的な議論が始まりました。

 そこから、まずは現在リピート社の社長をしている帝人の宮坂信義さんと事業化に向けた議論を重ねていきました。技術の開発経緯や強みを理解し、改めて訴求ポイントなどを整理したうえで、この技術をどう展開していくかという戦略を立て、売り込み先を絞り込んでいきました。そのなかで出てきた方針が「より広くスピーディーにケミカルリサイクルを普及させるための海外でのライセンス提供」と「日本国内における繊維to繊維リサイクルの実現」でした。

 海外でのライセンス提供においては、繊維のマーケットで幅広いネットワークを持つ伊藤忠も加わり、繊維産業の盛んな中国、ベトナム、バングラディシュ、トルコ、加えて環境意識の高いヨーロッパや、アメリカでも営業活動を始めることにしました。ただ、そこで突き当たったのが、どうやって原料を集めるかという課題です。ビジネスとして成り立たせるためにはポリエステル製品を中心に2~5万トンという量を集めなくてはならないのですが、営業先からも「どうやってそんなに大量の原料を集めるのか?」という声があがり、思うように話が進みませんでした。

 そんなときに、かつて帝人が技術供与し、世界で唯一繊維to繊維のケミカルリサイクルができる中国の佳人という会社が、新しいリサイクルプラント建設を計画している、という情報が入ってきました。中国は繊維産業の規模が大きいので、自国内で、製造工程で出る端材を含めた原料を回収し、再生するという地産地消の資源循環エコシステムが成立していたのです。そこで、ケミカルリサイクル技術と商業運転実績を保有する帝人、繊維業界に幅広いネットワークを持つ伊藤忠、そして日揮の3社による合弁事業会社であるリピート社を設立。佳人がリピート社のライセンス契約第1号になりました。

——リピート社における日揮の役割はどういったものになるのでしょうか。

 ケミカルリサイクル技術を広く他社に使ってもらうためには、誰もが使える設計パッケージをつくる必要があります。そこで、日揮のエンジニアリングノウハウを活かした、高い性能を出すために最適化・効率化された設計パッケージが役に立ちます。ケミカルリサイクル事業のさらなる加速を目指して、私はリピート社のCTOとして、顧客が直面している課題をもとに必要な技術を洗い出し、パッケージ化に必要な情報や技術支援内容をまとめ、実際にこれらの業務を行う日揮との界面になるという役割を担っています。

今後の課題と展望:
日本でのリサイクルのカギは、消費者の意識改革

——今後の課題や展望を教えてください。

 世界で唯一商業規模の繊維to繊維リサイクルを行っている佳人が世界各国から注目されています。今回のリピート社とのライセンス契約をきっかけに同社がさらに成長・拡大していけるよう、しっかりサポートしていくことが今の目標です。ただし、世界的な繊維リサイクルのニーズは日々高まってきているので、全世界を対象に年1件以上の新規契約を目標に、しっかりと成果につなげていきたいと思っています。

 一方で、国内での繊維to繊維のケミカルリサイクルの実現には高い壁があります。日揮は、2021年から東京大学や帝人などとの産学連携ワーキンググループを通じて、繊維産業のエコシステム構築に向けた協議を重ねてきました。そのなかで見えてきた課題の一つは、日本は衣服の繊維産業がほぼ残っておらず、海外からの輸入に頼っており、サプライチェーンが分断されているという点です。そのため、端材などが出ず、原料が廃棄された衣服に限られ集まりにくい状況にあります。二つ目は、衣類の低価格化によって多くの企業が海外で短期間で安く作ることに集中せざるをえず、リサイクルに投資する余裕がないこと。そして三つ目は、消費者のリサイクルに対する意識がまだまだ低いことです。

 こうした課題のなかでも、私は消費者の意識を変えていくことが一番重要だと思っています。消費者がリサイクルに価値を見出し、少し高くてもリサイクル素材の服にお金を払うような世界観を醸成できれば、アパレル業界の意識も変わっていきます。意識を変えていくのは難しいですが、リピート社としては、ワーキンググループでの活動や廃棄物の回収イベントへの参加などを通じて、少しでも消費者の行動変容を促していきたいと思っています。

——日本での繊維to繊維のリサイクル実現は、難易度の高い挑戦なのですね。

 もしかしたら繊維のみで完結するのはハードルが高いかもしれません。ですが、日本には衣服以外にも未活用のPET素材がたくさんあるので、原料を多様化しながらさまざまなプレイヤーと連携していけば、日本にも繊維リサイクルが可能なPET素材軸の包括的なケミカルリサイクルプラントをつくることができると考えています。

 ポリエステル市場は世界で年間約6,000万トンと言われ、1つのリサイクルプラントができただけでは到底間に合いません。他のプレイヤーも台頭してくるでしょうから、他社とすみ分けながらリピート社の技術を広めていくのと同時に、原料となる使用済みポリエステル繊維製品の回収を含めた地産地消の資源循環エコシステムを構築していきたいと思います。

——古川さんご自身の目標を教えてください。

 個人的には、今の仕事はすごく自分に合っていると思っています。私はダイビングが趣味でよく海に潜るのですが、地球温暖化の影響で白化したサンゴを目の当たりにすると悲しくなります。実は、そういった経験からも、化石燃料中心ではないサステナブルな事業の開発に気持ちが向いていました。「美しい海や地球環境を守りたい」という想いを強く持っているので、今任せてもらっている繊維リサイクルという事業を通じて、環境課題の解決に貢献していきたいです。

 また、会社としてもトランスフォーメーションが必要な時期に来ていますので、次世代につながる新しいビジネスモデルをしっかりと確立していきます。新しいビジネスモデルと言っても、これまで当社が培ってきた技術から離れるわけではありません。ビジネスの座組が見えてきたら、それにマッチする技術を掛け合わせていく。そのとき、これまでのエンジニアとしての経験がすごく役に立ちますし、それこそが自分のバリューだと思っています。環境課題の解決に貢献したいという想いを絶やすことなく、今後もサステナブルな事業開発に関わっていければと思います。



 

日揮ホールディングス株式会社

オイル&ガス中心からエネルギートランジション対応へとビジネス領域を拡大する総合エンジニアリング事業、触媒・ファインケミカル・ファインセラミックスの3分野を中心とする機能材製造事業、2つの事業セグメントでグローバルにビジネスを展開。「2040年ビジョン」では「エネルギーの安定供給と脱炭素化の両立」「資源利用に関する環境負荷の低減」「生活を支えるインフラ・サービスの構築」の3つの社会課題解決を謳い、「Planetary Health の向上に貢献する企業グループ」へのポートフォリオ変革に取り組んでいる。
https://www.jgc.com/jp/

株式会社RePEaT
https://repeat-inc.com/

日揮グループが運営する、SDGsを実現するために必要な要素技術やさまざまな企業の取り組みを発信するメディア


 

取材後記

今回の取材では、普段の生活であまり意識してこなかった繊維リサイクルの現状とその仕組みづくりのため、日々議論を重ねてきている方々の存在に気付かされました。私は今までデザインや機能性を基準に服を購入することがほとんどで、使用されている原料や生産地について想いを馳せたり、いらなくなった服を捨てる際も「まだ着られるからリサイクルショップに持っていこう」と思いつくことはあれど、その先まで考えたことはありませんでした。

古川様のお話を聞いて、海外で繊維リサイクルが進んでいる現状やリピート社が先に海外での取り組みを進めていることを知って驚きましたし、日本における繊維リサイクルの認知度の低さも実感しました。服の購入基準に「リサイクル素材かどうか」が入るような世の中になるよう、この記事で繊維リサイクルの取り組みを少しでも知っていただければと思います。

(株式会社ブレーンセンター MI

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