キーワード:リサイクル/サーキュラーエコノミー
「軽い・強い・さびにくい・加工しやすい」という性質から、輸送機器をはじめさまざまな用途に用いられているアルミ素材。加えて近年は、新地金でアルミ製品をつくる時に比べてCO2を97%削減できる「リサイクル性」が評価され、アルミ缶は95%以上が再生地金として社会にリサイクルされています。ところが従来、アルミ缶からアルミ缶へとリサイクルする水平リサイクルにおいては、どうしても新地金で成分を調整せざるを得なかったのが現実です。そこでUACJは、水平リサイクルのさらなる推進を目指す技術開発や、サプライチェーン全体でのリサイクルシステムの構築を図っています。そのなかで、2022年には世界初となるリサイクルアルミ100%使用飲料缶を実現し、CO2排出量を従来比60%削減することに成功しました。プロジェクトの最前線で、キープロセスである100%再生原料の調達・配合に携わった花田さんにお話を伺いました。
Person
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株式会社UACJ 福井製造所 生産技術部 鋳造技術室
花田智浩
高等専門学校時代からニュースなどで地球温暖化問題について関心をもち、「技術の力で環境負荷低減に役立ちたい」という想いを抱く。大学では「あらゆる構造物の根源であり、社会を根本から変える力をもつ」ことから、材料工学を専攻。講義や学会などでアルミ素材のリサイクル性などが環境負荷低減に貢献し、新素材の開発余地も大いにあることを確信し、2021年にUACJに入社。主力工場である福井製造所でアルミ原料をカタチにする中枢となる鋳造工程を担当し、生産性・品質向上に努めている。
環境負荷削減という成長戦略
使用済みアルミ缶を新たなアルミ缶へ。
水平リサイクル活動を展開
――世界初となるリサイクルアルミ100%使用飲料缶の開発に成功しました。まずはこのプロジェクトの背景から教えてください。
はい、アルミ素材はご存じのように軽い・強い・さびにくい・加工しやすいなどという性質があり、現代社会になくてはならない素材となっています。そのなかでも近年大きく注目されている特長が「軽量性」で、気候変動危機が叫ばれるなか、自動車や鉄道、航空機、船舶などに積極的に採用されており、燃費向上によるCO2排出量の削減に貢献しています。
こうした特長に加えて、気候変動にさらに貢献できる取り組みと言われているのが、アルミ素材がもつ「リサイクル性」を活かした取り組みです。実は数ある素材のなかでも、アルミニウムはとくにリサイクル性に優れた素材で、「新地金」を製造する際には製錬工程で大量の電力を消費しますが、リサイクルでつくる「再生地金」は製錬工程が不要となり、CO2排出量は新地金からつくる時のわずか3%、97%ものCO2を削減することができるのです。
こうした特性を活かすべく、アルミ缶業界では約50年前からリサイクルを行っていて、そのリサイクル率は今や約97%(※)。サーキュラーエコノミー(循環型経済)を実現したビジネスモデルの一つと言われています。また、日本はまだまだPETボトルが多いですが、世界的にはアルミ缶へのシフトが進んでいます。
※アルミ缶リサイクル協会調べ(2021年度)


※UACJ調べ
――アルミ缶のリサイクル率、使用率を高めるほど製品ライフサイクルにおけるCO2排出量低減が可能になるということですね。
そうです。そうした考えのもと、当社は2021年に定めた「UACJ VISION 2030」の一つに「製品ライフサイクルでのCO2削減により、環境負荷の軽減に貢献する」を掲げています。また、その実践に向けて、サプライチェーン全体で連携して、使用済みアルミ缶をリサイクルして新たなアルミ缶をつくる“Can to Can”の水平リサイクル活動を展開しており、今回のプロジェクトもその一環となります。
「使用済みアルミ缶材100%」プロジェクト
パートナー企業とともにアルミ缶1缶あたりのCO2排出量60%削減をめざす
――プロジェクトの概要を教えてください。
私は2021年に新卒でUACJに入社したのですが、その年の初めにサントリー様から、アルミニウムのリサイクルをさらに進めていく施策についてお問い合わせをいただいたのが発端だと聞いています。そのなかで、今回の100%リサイクル缶を実現するというテーマが設けられました。それを実現するためには、成分の良いリサイクル原料を集めることから始めなければなりません。そこで缶メーカーやリサイクル事業者からアルミ缶および缶材料の製造工程で発生する端材や使用済み飲料缶のスクラップを調達し、それを当社が圧延加工し、再生原料として缶メーカーに納入する――それが今回のプロジェクトの全体像です。
――多くのステークホルダーが協働するプロジェクトなんですね。
はい、リサイクルには多くのパートナーとともにバリューチェーンを構築して、再生原料の成分に関する知見や加工技術を常に共有し続けていくことが不可欠になります。
――リサイクルアルミ100%の水平リサイクルは世界初ということですが、100%という点にどのような意義があるのでしょうか。
はい。さきほど使用済みアルミ缶の97%が再びアルミニウム製品にリサイクルされていると言いましたが、素材価値を損なうことなく缶から缶へと水平リサイクルできているのは国内で再生されたもののうち67%程度です。その理由として、同じ缶材でも胴体と蓋の部分では合金の種類が異なることが挙げられます。また、使用済みのアルミ缶にはそれぞれ異なる塗料が付着しており、さらに廃棄される際にはさまざまな異物が混入しています。
こうした条件があることから、従来のリサイクルはすべてを缶由来の再生地金でつくることが難しく、強度をはじめとしたさまざまな性質を満たすために、一部にどうしても新地金を活用して成分を調整せざるを得ず、CO2排出量がなかなか削減できませんでした。そこで、新地金を活用せず、すべての原料を「使用済み缶」と、缶および缶材料の製造工程で発生する「端材」で満たしていくのがこのプロジェクトの社会的意義といえます。具体的な数値で言うと、1缶あたりのCO2排出量は通常品より60%削減できることになります。つまり100%という目標の達成は、Can to Canの水平リサイクル活動のフェイズを大きく進展させることになるのです。

リサイクルへの想い
“サーキュラーエコノミーの心臓”になるために、これからも目の前の原料の性能変化を面白がりつつ、環境負荷削減につながる仕事に携わっていきたい
――世界初という目標を掲げたプロジェクトのなかで、花田さんは具体的にどのような役割を担ったのでしょうか。
私が所属している鋳造技術室は、原料を溶かして固めるという製造工程のなかで、生産能力の向上や品質維持・向上、コストダウン、設備安全化などを行っています。そのなかで私は最初の「原料」を担当しており、原料の成分や加工しやすさなどの評価をして、どんな原料を活用してどう配合し、どのように溶かし、固めたら目的の性能・品質をもった製品になるかを突き詰めていく役割を担っています。
――今回、再生原料100%を実現したわけですが、従来の原料と比べてどんな難しさがありましたか。
部署としては、どんなに雑多で低品質なスクラップであっても、新地金同様に使いこなせる合金・プロセス開発力が必要です。そのなかで自分にとっては、多種多様な原料、つまり使用済みアルミ素材一つひとつの成分を評価し、配合によって目標の成分になるよう知見を積み上げ、最終的にリサイクル率100%にもっていくことがミッションです。
ただ、評価以前の難しさとして、リサイクルに適した使用済みの缶や端材を集めることが大変だったのはあまり想定していませんでした。もちろんリサイクル業者さんからスクラップを購入するのですが、缶胴体と蓋の部分は材質が異なっており、それらが一緒に潰されて集められるため、求める成分のスクラップが集まらず、発売予定の量にはなかなか届きませんでした。そこで、製造工程から発生もしくは購入したスクラップの中で成分が良いものを集めて、予定量になるまで別管理するなど、時間をかけてスクラップを確保していきました。
次に、原料を確立していく部分での難しさでは、やはり何といっても従来のように“成分調整ができない”こと、つまり新地金が使えないという点に尽きます。集めたリサイクル缶や端材一つひとつの成分を評価して混ぜ合わせながら一定の成分範囲に収める必要があるのですが、その組み合わせは無数にあり、かつ成分値が数%違うと最終的な製品の性能が大きく変化します。したがって成分値が異なると最終的な性能が担保できなくなってしまいます。もっとも、大学院時代にはマグネシウムやアルミニウムといった素材の配合によって性能が劇的に変化することが面白くて材料工学を専攻していましたので、仕事そのものは興味深くモチベーションは維持できていましたが、やはり仕事となると予算も期間も定められており、面白さと同時にプレッシャーも感じていました。
――そうしたなかでどんな工夫をしたのでしょうか。
缶材料になり得る原料については、あたりまえのことですがきちんと分析データを残しながら、求められる性能から逆算して分析していく――そうした原料管理にはとくに気を使っていました。そうした地道な作業が功を奏したのか、秋ぐらいには予定していた350ml缶約70万本分の原料調達にめどがつき、大いに安堵したことが印象に残っています。
――達成感ではなく安堵だったのですね。
やはり入社して間もなくのプロジェクトでしたから緊張感がありました。ただ、缶に「世界初CO2 60%削減缶/リサイクルアルミ材100%使用缶」としっかり書いて売り出されたことで「このプロジェクトに関わっていたんだ」と、じわじわと喜びが増していきました。また、大学の同期からも連絡をもらえました。彼ら彼女らは専門知識があるので100%リサイクル材にすることがいかに大変なことかを知っており、すごく驚いていて嬉しかったですね。また両親からも連絡があり、それも含めて「UACJに来て良かった」としみじみ思いました。

2022年9月にサントリー株式会社から発売された「ザ・プレミアム・モルツCO2削減缶」(左)と「同〈香る〉エール CO2削減缶」(右)
――今後の計画、ご自身の抱負について聞かせてください。
100%リサイクル缶に関しては原料調達の難しさもあり、今のところ予定や計画は聞いていません。ただ、カーボンニュートラル、循環型社会への関心が高まるなか、今後もさまざまな気候変動対策を強化していくことが求められており、当社においても「リサイクル性というアルミ素材の特長を正しく社会に伝えながら社内外の協業を通じて“サーキュラーエコノミーの心臓”になる」、と宣言しています。そのために、私が所属する鋳造技術室においても、水平リサイクル率を上げていくための明確な社内目標が掲げられています。
そうしたなかで、自分としては原料調達に関しても新たなアプローチを始める必要性を感じており、また評価・分析・配合といった技術に関してもどんどん経験を積んでいきたいと思います。何か要請があった時に「できない」とは言いたくありませんからね。
――今回のプロジェクトを通じてそうした想いはさらに深まりましたか。
間違いなく強まりました。実は材料工学を専攻したのも、高専時代に環境問題の解決に貢献できるという話を聞いたところから始まっています。ですから、これからも目の前の原料の性能変化を面白がりつつ、長い目で見て環境負荷削減につながる仕事に携わっていることに喜びを感じながら日々を過ごしていきたいと思います。
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編集後記
アルミ缶のリサイクル率は90%以上を誇り、環境負荷削減に優秀な素材であることは、ひろく知られていることと思います。今回の取材では、100%までの「あと数パーセント」を達成するには、複雑な条件が絡み合っており、とても難しいということがよくわかりました。その難解な問題に、UACJさんはもちろん、サプライチェーンの各社が連携して立ち向かい、しかも「世界初」という快挙を成し遂げられたことは、とても清々しいストーリーだと感じました。
アルミニウムは、リサイクル性だけではなく、車体の軽量化による燃費向上からCO2排出量削減についても貢献するなど、社会課題解決にはなくてはならない素材です。100年を超えてアルミニウムの知見を培われているUACJさんだからこそ、 今後、“サーキュラーエコノミーの心臓”として、循環型社会構築に大きく寄与されるものと期待しています。
(株式会社ブレーンセンター ST)

アルミニウム、銅などの非鉄金属とその合金を製造・販売。なかでもアルミニウムについては、板製品から押出品、箔、鋳物、鍛造品、さらにはそれらの加工品やカラー塗装品まで、多彩な製品を製造する“アルミニウム総合メーカー”として高いシェアを誇る。2021年からは従来よりも新地金の使用比率を下げた環境配慮型のアルミニウム製品ブランド「UACJ SMART」を展開。「2030年度までにCO2排出量を30%削減(19年度比、Scope1、2)」をめざし、サステナビリティを中心に据えた企業経営を推進している。

Person
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株式会社パイオラックス/株式会社UACJ 社外取締役
CSRアジア株式会社 代表取締役
赤羽 真紀子
金融機関に勤めた後、米国留学などを通じて環境問題について学び、帰国後は日本企業や外資系企業で環境・社会課題解決のプロセスを経営やビジネス戦略に組み込む経験を数多く積み重ねる。2010年に「CSRアジア東京事務所(法人名:CSRアジア株式会社)」を設立し、日本企業のサステナビリティ戦略をグローバルな視点から支援。2022年からは株式会社パイオラックス、2023年からは株式会社UACJの社外取締役も兼任し、長期的企業価値の向上、ガバナンス強化、サステナビリティと成長戦略の統合に貢献している。
経済活動と環境保全をつなぐ道を求めて
――現在、2社の社外取締役に就任されていますが、どのようなキャリアからスタートされたのでしょうか。
大学では政治経済を学んでいました。ただ、当時から環境問題に関心があり、関連する仕事に就きたいと考えていましたが就職先はほとんどなく、1993年に銀行に総合職で入行しました。これには理由があって、前年にリオデジャネイロで締結された生物多様性条約のレポートを読むと、人間活動の多くが生物の多様性を脅かしているとありました。人間活動といえば経済活動…であれば、その血流を支える銀行であれば、企業の経済活動と環境保全のバランスをとるような仕事ができるのではないかと考えたのです。
ただ、今でこそ多くの金融機関が環境に配慮した融資を拡大していますが、当時の銀行にとって「環境」はメインストリームではありませんでした。そうしているうちに「自分のやりたいこと」と「今の仕事」がこの先どう結びつくのか…。なかなかつながらず焦燥感を抱き、結局1年で退社。自分のバックグラウンドをもう一度見つめ直そうと国内の大学に入り直したり、米国の大学にも留学してエコロジー(生態学)やバイオダイバーシティ(生物多様性)を学びました。
その後、日本に帰ってきて銀行での経験や留学で学んだことを活かせる仕事を探しました。ところが、まだまだ多くの企業が経済活動と環境保全を切り分けて考えており、「生物多様性?経営の何に役立つの?」という反応でした。ある会社では「わざわざ銀行を辞めてまで何がしたいの?」とまで言われたことも。今でこそ笑い話ですが、当時は自分の考え方が間違っているのではないかとすら思い悩みました。
培ってきた多様な視点をもとに経営を監督する
――ご自身の仕事で「経済活動」と「環境保全」がつながったのは、いつ、どんなきっかけでしたか。
悩んでいた私が再び前に進む力を得たのは2001年、新たに環境対応部署を立ち上げるというスターバックスコーヒージャパンに入社して、初のISO14001認証取得や牛乳パックリサイクル、店舗従業員への環境教育・啓発といったプロジェクトに携わり、経済と環境を両立させる仕事に取り組めたからでした。また、その後はセールスフォース・ジャパンや日興アセットマネジメント(現アモーヴァ・アセットマネジメント)でもCSR部門の立ち上げを経験。これら経験を活かして、2010年に企業のCSR/サステナビリティ戦略策定や実践支援を行うCSRアジア東京事務所を設立し、現在に至ります。
――起業された経緯を教えていただけますか。
起業する前年の2009年、マレーシアのクアラルンプールでCSRアジア(2004年に香港で設立)の国際会議に出る機会がありました。2005年くらいまでの日本はアジアのなかでもサステナビリティ、ESGでいうE(環境)はかなり優等生でした。それが社会(S)とガバナンス(G)を含めた全体をスコアリングすると日本はトータルで負けてしまうという現実がデータで示されていたんですね。そのときに「このままじゃまずいな」という危機感とともに、「日本企業が世界でもっと評価されるようにしたい」という原点を思い出し、CSRアジア東京事務所を立ち上げました。
――お話を伺うと、社外取締役への就任は、CSR組織の立ち上げや起業経験、マネジメント実績などが評価されて招かれたという印象です。
私からは「これが理由で選ばれた」とは言いづらいですが、いわゆるサステナビリティの専門家であることに加えて、ゼロから組織や仕組みをつくってきたマネジメント経験があること、起業したことなどで多少知名度が上がったことが任命理由になるかもしれません。
また、ビジネスの面ではBtoC企業で培ったマーケティング視点、資産運用会社で得た機関投資家視点、さらにNPO理事も経験してきたことから、多様なステークホルダーの視点から経営を監督することも期待されているのではないかと思います。
――多様な経験を活かして、どんな役割を果たしていきたいですか。
企業の「長期的な成長をめざす意思決定」と「サステナビリティの考え方」は今や切り離すことができない時代です。私はその親和性が高い企業ほど成長力も外部評価も高いと思っています。そのなかで、私はさまざまなステークホルダーが抱える問題意識や社会課題を企業経営の観点で経営陣に伝える、いわば“翻訳者”でありたいと思っています。
こうして社会課題解決をビジネスの機会につなげていくと同時に、社外取締役は企業の経営判断が本当に中長期的な企業価値向上につながっているのかを常に問い続けることが必要です。多様な視点、サステナビリティといった専門性を生かして経営をモニタリングし、必要であれば立ち止まることも促していきたいと考えています。
“横のつながり”を活かして経験不足を補う
――実際に社外取締役に就任して難しかったことは何でしょうか。また、それを乗り越えるためにどんな工夫をしていますか。
2022年に初めて社外取締役に就任しました。就任前は社外取締役が果たすべき役割や会社の状況を書籍や資料、知り合いとの情報交換などを通じて可能な限り勉強したつもりでしたが、実際の経営は日々情勢が変化しています。また、その対応も短期・中期・長期と異なる時間軸に対する判断の連続で、そのなかで有益な意見を述べることはとても難しかったですね。
とはいえ、事前の準備が不可欠との考えは変わりません。取締役会で適切な判断ができるよう、資料を読み込んで現場の課題を確認し、必要な情報を自分で調べ、関係者からも直接ヒアリングする。こうした事前準備に役立っているのが、サステナビリティ部門を新規に立ち上げてきた時から大切にしてきた“横のつながり”を活用することです。
――具体的にどんなことをされたのでしょうか?
2000年代の初めの頃、サステナビリティに関連する業務は各社とも社内で初めての場合が多く、ノウハウがありませんでした。そこで先行する事例やトレンド情報を得るために、他社の関連部門に直接話を聞きに行くことがありました。営業部門などではあまり社外との意見交換はしないと思いますが、サステナビリティ関連の部門はどの会社も似たような状況で、比較的垣根が低く意見交換がしやすかったんです。
また社内においても、いろんな部署の方にサステナビリティ活動の意義や目的をきちんと説明して協力を仰ぐことが不可欠です。そんな時、社内の方から「ちょっと興味がある」と打ち明けていただくこともあり、そうした人たちを勝手に“応援団”と位置づけながら(笑)、一歩一歩、活動を前に進めていきました。
こうした経験――社内外の多くの人とつながって対話し、意見交換しながら会社の方針の浸透度や現場の課題を理解することは、慣れない社外取締役の役割を果たしていく上でも大いに役立っています。実際、他社の社外取締役の方たちとの情報交換も多々あり、単なる知識の補完という意味あいだけではなく、自社の判断を相対化し、過信や思い込みを避ける上で重要な監督手段になっていると感じています。
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責任を果たすために、大切にしていること
――改めて今、社外取締役の責任を実感していらっしゃると思います。その責任を果たすためにどんな視点、どんなアプローチをしていますか。
社外取締役として、私自身が常々大切にしていることは3つあります。
①独立した視点を忘れない
一つは、常に独立した視点を持ち続けることです。何年かその会社にいて人間関係ができると、正直、意見を言うことに躊躇する場面もあります。それでも言わなければならない立場です。そのため「なぜ自分が今ここにいるのだろうか」と、いつも自問自答しながら仕事をしています。
また、発言にあたっては、主語を「We(私たち)」とするか、「They(彼ら)」とするか。つまり、経営チームの一員としてなのか、外部の監督者としてなのか。修業が足りないと言われればその通りですが、未だに悩んでいる難しい問題です。ただ、悩む瞬間にこそ、独立社外取締役としての立ち位置が試されていると考え、常に「経営を監督する責任を曖昧にしていないか」と自分自身に問いかけています。
②Nose in, Hands outを実践する
これも未だに悩む難しいことなのですが、社外取締役には「Nose in, Hands out(ノーズ・イン、ハンズ・アウト)」という言葉があります。「鼻を突っ込んで経営の中身を監督しなければならないけれど、手を出して執行はしてはいけない」という意味ですが、どこまで手を入れると執行になってしまうのか。この線引きがとても難しい。ただ、執行サイドに向けた助言を怖がっていると、間違った行為を見過ごすかもしれません。取締役と執行役の境界線上を行ったり来たりしながらですが、今後、監督機能の実効性がこれまで以上に求められるという自覚を忘れずに議論に臨んでいきたいと考えています。
③次世代の声を経営につなぐ
加えて、心がけているのが、社内の若手の困り事をすくい上げることです。社内の若手社員と打ち合わせをする機会があるのですが、取締役のなかでは比較的若いことで話しやすいのか、いろいろ相談されることがあります。そこで今はなるべく「困っていることはないですか?」「やりづらいことがあれば教えて」と、現場の困り事に早めに気づけるような質問をしています。必要があれば取締役会で現場の声を伝えながら、自分が役に立てることで会社の価値を向上していきたいと思っています。
対話を通じた「信頼関係」がすべての基本
――役割や責任に悩みながらも真摯に向かい合われていることがよくわかりました。その前提として、高いコミュニケーション力が必要とされると思うのですが、いかがでしょうか。
そうですね。ガバナンスを機能させるためには社外取締役と、執行役を含む社内取締役のコミュニケーションによる「信頼関係」が不可欠です。逆に言えば、相手に耳の痛いことを言うための前提条件が信頼関係です。これがないと、どんなに正しいことでも耳を傾けてもらえません。また、信頼関係がなければ必要な情報も十分に集まらず、監督の実効性が担保できません。だからこそ普段から対話は大切にしています。
――さきほど、「ステークホルダーの声を経営陣に伝える翻訳者でありたい」と仰っていましたが、株主や投資家の声を聞くこともますます重要になっています。
本当にそう思います。実は私自身は昨年、初めて社外取締役として株主である機関投資家の方と対話をする機会があったのですが、その時「社外取締役がこういった場に出てきてくれたのは初めてだ」と仰る方がいて、とてもびっくりしました。後日、他の機関投資家の方にも聞いたのですが、社外取締役との面談をリクエストしても会社が許可しない、あるいは社外取締役が出ようとしない会社もあるそうです。株主の信任を得て社外取締役という立場になった以上、株主と対話するのは当然だと思っているのですが、まだそれは一般的ではないということを知りました。
社外取締役は経営を監督する立場なので、市場の厳しい目に自らさらされる覚悟が必要だと私は思っています。株主との対話は、取締役会の監督が外からどう見えているかを確認できる場でもあり、監督責任を引き受けている以上避けてはならないものだと思っています。とはいえ、そんな私も対話の後、「株を売られてしまったらどうしよう」とドキドキしましたが(笑)。
「社会が良くなってこその事業」という志を受け継ぎ、次世代に伝えていく
――今後、経営陣や社内に向けてどんな助言をしていきたいとお考えですか。
私の専門であるサステナビリティ領域で言えば、「ネイチャーポジティブ」という概念を、みなさんがしっくりくるようなかたちで発信していきたいと思っています。「ネットゼロ」や「ゼロエミッション」は、今まで人間が排出してきたものをゼロに抑えるという考え方です。そうではなく、すでに人間の経済活動によって生物多様性や生態系が破壊されマイナスの状態なのだから、「回復・再生させた上でさらにプラスに転換するところまで取り組んでいきましょう」というのがネイチャーポジティブの考え方。とても難しい問題ですが、産業界での共通認識にしないと、いつまで経っても本来の自然には戻らないという危機感があります。ちなみに現在、担当している2社はともに環境対応は比較的優れていますが、両社に対してもネイチャーポジティブの意義をお話ししています。
――最後に、この記事の読者、また若い世代へのメッセージをお願いします。
社会が良くなってこその事業という意識は、世界的に見ても日本は高いと個人的に感じています。事業による社会課題の解決を掲げて創業した会社も数多く存在します。ところがここ20~30年、ビジネスの成果を追求してきた企業が増えてきた印象だったのですが、最近になって、創業の精神に立ち返って社会課題解決と事業活動の関係を改めて考え直そうという機運が高まっていると実感しています。その志を受け継ぎ、さまざまな経験を通じて培った知見や知恵を活かして持続的な成長を後押しすることが私の役割、そんな思いで務めていきたいと思っています。
また、こうした志を受け継ぐ次世代の人たちにメッセージを送るとすれば「突っ走っていいよ。自分の応援団を大切にしながらね」と伝えたいです。銀行員時代から今に至るまでずっと思っていることなのですが、問題意識が自分のなかに芽生えた時、その感覚は大切にしてほしい。だからいろいろなことにチャレンジしていただきたいのですが、その際、私もそうだったように周囲とコミュニケーションをとりながら、自分の“応援団”になってくれる人を見つけて、一緒になって突っ走ってほしいと思います。
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