キーワード:環境設計/ZEH/ZEB
持続可能な社会の実現に向けて、建設業界では、建物の消費エネルギーゼロをめざす動きが加速しています。そうしたなか、「環境との調和」を経営の重要課題とする竹中工務店は、建物の環境性能を高める「環境設計」に注力。2023年に竣工した「代々木参宮橋テラス」で非分譲大規模集合住宅として国内初のNearly ZEH-M認証を取得しました((一社)住宅性能評価・表示協会Webサイト(延床3,000㎡以上のカテゴリ)より。ZEH-Mは快適な室内環境を実現しながら消費エネルギーゼロをめざすマンションを指す)。また、同社は環境設計を効率化するツールを独自開発し、その普及・拡大にも取り組んでいます。環境設計をリードする栗田実さんに話を聞きました。
Person
株式会社竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 環境設計コンサルティンググループ
栗田 実
2009年入社。東京本店設計部にて総合病院などの設計を担当。2013年よりシンガポール事務所に駐在し、超高層ビルと空港施設の設計に従事。2016年に東京本店に戻り、ホテルや国際会議場などの大規模施設を設計。また、賃貸集合住宅「代々木参宮橋テラス」の設計を担当し、「2023 グッドデザイン賞」などを受賞。2023年から現職。社内の設計担当者を対象に環境設計のコンサルティングを行うほか、独自の設計ツール「ZEBIA🄬」の普及にも取り組む。
代々木参宮橋テラス:
住まう人にも社会にも、将来に続く価値を届けるために
――栗田さんは環境配慮型の賃貸集合住宅「代々木参宮橋テラス」の設計を担当されましたね。プロジェクト発足の経緯から教えてください。
この敷地には、もともと当社の社員寮がありました。老朽化にともない社員寮を解体して事業化することになり、自社が開発事業者となって賃貸住宅を建築するプロジェクトがスタートしました。
自社の事業として、どうすれば将来にわたって価値が向上する資産を提供し、社会に貢献できるか。人々に選ばれ続ける住まいの形とは──。チームで議論するうち、世界的な脱炭素の流れを捉えて「環境配慮型の作品をつくる」という方向性が決まりました。また、環境性能を高める設計施工は当社の得意分野でもあるので、自社のアピールにつなげるねらいもありました。
私は設計の主担当として、2020年の計画段階から2023年2月の竣工まで、約3年にわたって一貫してプロジェクトに携わりました。
――設計においては、どのような点を重視したのでしょうか。
そこに住む方々はもちろん、社会にも持続的に価値をもたらす建築にしたいと考え、「快適に脱炭素ライフを実践できる、次世代型の健康住宅」というコンセプトを掲げました。具体的には「省エネ・CO2排出量の削減」「緑と木と暮らす」「QOL(生活の質)向上」という3つのテーマを設定して設計を開始しました。
「省エネ・CO2排出量の削減」のために、例えば、外壁や窓は高い断熱性を確保してエネルギー効率を高めたほか、自然の力を最大限利用しようと、オール電化にして屋上の太陽光パネルで発電したクリーンエネルギーを各住戸に提供する仕組みを導入しています。
「緑と木と暮らす」という点では、敷地の中央に中庭を設け、四季折々の植物を配しています。すぐ近くにある代々木公園と同じ樹種を植えているのですが、鳥や蝶を呼び込む生物連携拠点として整備することで、都市のグリーンスポットとしてのあり方を示したいと考えました。実は、以前あった当社の社員寮も敷地内に緑が多く、住宅地に突如現れる森のような存在でしたから、その敷地の記憶、地域景観を継承したいという思いもありました。
また、こうした緑を、住人の方の「QOL向上」につなげようと、あえて中庭に階段や廊下を配置しています。光や風、緑を感じられる中庭なら、散歩感覚で自然と廊下を歩きたくなりますし、エレベーターがあっても「今日は天気がいいから階段を使おうかな」という気分にもなりますよね。ストレスなく健康的な暮らしを自然と実践できるようなデザインを心がけました。
――非分譲大規模集合住宅として国内初の「Nearly ZEH-M」認証を取得していますね。
「ZEH」(ゼッチ)というのは、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの略で建物の一次エネルギー消費量の削減度合を示す省エネ指標の一つ。省エネ・創エネによって建物で消費するエネルギーの量を実質的にゼロ以下にする建物を指します。今回の「代々木参宮橋テラス」では、BELS(建築物省エネルギー性能表示制度)において年間一次エネルギー消費量を75%以上削減することを示す「Nearly ZEH-M」の認証取得を実現しました。
計画の当初から「Nearly ZEH-M」の認証取得を視野に入れて設計していましたが、着工時点ではまだ目標値に達しておらず、施工段階でも細かい調整が必要となり実現は簡単ではありませんでした。設備設計者や施工担当者とアイデアを出し合いながら、太陽光パネルの増設、高効率設備機器の採用、窓の断熱性認定検証などの変更を重ねることで、竣工間際に何とか認証取得できる見込みをつけることができた経緯があります。
――設計を担当するなかで一番注力したのは、どのようなことですか。
建物の設計では、一般的に、環境性能を追求すればするほど、デザイン性・快適性の面であきらめなければならない部分が出てくるものです。しかし「代々木参宮橋テラス」では、住まいとしての魅力や価値も最大化したいと思ったので、環境性能とデザイン性・快適性を両立させることに力を注ぎました。
なかでも、中庭のデザインと、各住戸に光・風・緑という自然の快適さをいかに取り込むかという点は時間をかけて検討しました。例えば、気持ちのいい季節などはエアコンを使わなくても済むようにセキュリティを保ったまま自然通風しやすい玄関周りのデザインを追求したり、北向きバルコニーの住戸でも中庭の光を取り込む明るい住空間となるよう工夫したり。私が今所属している環境設計コンサルティンググループとも連携して、光・風・温熱環境のシミュレーションを重ねることでデザイン性・快適性の向上に努めました。
――実際にお住まいの方の反応はいかがですか。
偶然、住人の方と話をする機会があったのですが、環境性能というより、緑の多いデザインや快適性でこの住まいを選ばれている方が多いようです。これは非常に嬉しいことですね。社外からも「2023 グッドデザイン賞」などを受賞するなど、この建物の取り組みに対して高い評価をいただいています。環境性能を追求するとやはりコストに跳ね返ってしまうので、単に環境性能が高いだけではなかなか生活者の方々に選んでいただけません。当社の設計施工の技術力で、環境とデザインの価値を両立でき、生活者の方々に選んでいただけるものになったと大きな手応えを感じています。また、脱炭素に向けた新たな住まいのプロトタイプとして、広く社会にアピールできる作品になったと思います。
入社からの歩み:
意匠設計者として環境設計に挑戦。新たな道を切り拓く
――栗田さんはこれまでどのようなキャリアを歩んできたのでしょうか。
私はものづくりの最前線で、大きな建物の設計を手がけたいと思い当社に入社しました。入社当初は総合病院などの設計を担当しましたが、学生時代から海外で活躍したいという気持ちもあったので、入社4年目からの3年間、シンガポールに赴任して、超高層オフィスビルや空港ターミナルビルの設計に携わりました。
シンガポールは「City in a Garden」というコンセプトのもと、国全体で都市と自然の共生をめざしています。「グリーンビルディング」など環境に配慮した先進的な建物も多く、街のなかに緑があるというより、街全体が緑のよう。そのイメージが私のなかに原風景として残り、設計者として「緑」や「環境」を少しずつ意識するきっかけになったと思います。
日本に戻り、大規模ホテルや国際会議場などの設計を経験した後、先述の「代々木参宮橋テラス」に企画段階から関わる機会を得たため、そこで本格的に環境設計に挑むことになりました。
――「代々木参宮橋テラス」の設計を担当したことで、ご自身に何か変化はありましたか。
シンガポール赴任以降も環境設計に興味は持っていたものの、真っ向から取り組むのは初めてだったので、プロジェクトを通して社会動向や基本的な環境知識を身に付けていきました。
建築形態や設備システムなどで快適性やエネルギー消費がどう変わるか。どうすれば環境性能を高めながらデザイン性・快適性を確保できるか。環境設計について学ぶにつれ、これからの時代に不可欠なものだと気付き、設計者としてより環境に配慮した建物を世に広めていきたいという思いが強くなりました。
従来、環境設計の分野は、設備設計者や、環境技術の知識を持つごく一部の人材が主導することがほとんどでした。けれど、建物全体で脱炭素や省エネをめざすとなると、意匠設計の領域にも深く関わってきます。私は入社以来、意匠設計者として経験を積んできましたから、その経験や専門性を基盤にして環境設計にアプローチできることが自分の強みだと思っています。この強みをもっと高めていきたいと思い、「代々木参宮橋テラス」が竣工した後、現在所属している環境設計コンサルティンググループに異動しました。
――環境設計コンサルティンググループでは、どんなことをしているのですか。
約20名のチームで、社内に向けて環境に関する総合的なコンサルティング業務を実施しています。国内外の建物視察やカンファレンスへの参加を定期的に行い、新たな技術やアイデアを社内に水平展開することも我々の任務となっています。こうした環境設計の専門部署を設け、会社全体の環境知識・技術レベルを底上げする体制を構築している会社は建築業界のなかでも珍しく、当社ならではだと思います。
コンサル業務の中身はさまざまです。例えば、全国の本支店の設計部門に対して、建物のエネルギー削減やゼロカーボンの手法をアドバイスしたり、プロジェクトの初期段階から参画し、一緒に建物の環境コンセプトをつくり込んだりすることもあります。建物と敷地内での水量の収支を総合的にゼロにする「ゼロ・ウォーター・ビル」や、ごみをゼロにする「ゼロ・ウェイスト」など、海外の先進的な取り組みも積極的に紹介しています。また、全国の設計担当者が建築主に最適な提案ができるよう、日射熱のエネルギー解析や、光環境・風環境のシミュレーション、建物竣工後の実証実験といったサポートも行っています。
独自の設計ツール「ZEBIA🄬」:
お客様と社会のCO2排出量削減に貢献
――環境設計を推進していくうえで、課題はありますか。
今、建設業界では「ZEB」(ゼブ)(※)が求められていますが、要素検討やシミュレーションに膨大な時間と労力がかかり、実現するのは簡単ではありません。
そこで当社では、効率的にZEBを実現するために独自の設計ツール「ZEBIA🄬」(ゼビア)を開発しました。さまざまな実績から社内に蓄積された環境設計やZEBを実現するためのノウハウと最新のテクノロジーを融合して、社内の設計者なら誰でも活用できるツールとして開発したものです。2020年に開発が始まり、プロトタイプを運用しながらブラッシュを重ね、2023年4月から全社で使用を開始しました。開発段階においては、私も一設計者としてユーザー視点でアイデアを出したのですが、実は「代々木参宮橋テラス」の設計時にも、環境設計コンサルティンググループの協力のもと、開発段階にあった「ZEBIA🄬」を使っていました。
今、「ZEBIA🄬」を全社的に活用していくために、環境設計コンサルティンググループでは、全国の本支店で若手設計者を対象にしたハンズオン研修を実施しています。この研修では実務的な環境工学の考え方や、ツールの使い方はもちろん、具体的にどのように設計に落とし込むか、どのようにお客様に提案するか、設計者としての視点や経験を共有しています。
※ネット・ゼロ・エネルギー・ビル。快適な室内環境を実現しながら消費するエネルギーをゼロにすることをめざした建物
――今後どのような展望を描いていますか。
環境という観点で世界の建築市場を見てみると、日本は、省エネ設備など多くの優れた要素技術を持つ一方、それらの要素技術を統合する力はまだ発展途上といえます。しかし、脱炭素の流れを受け、日本でも自社ビルを建てるオーナーやディベロッパーの環境意識が高まってきていますので、これからさらにZEB化が加速していくと見込んでいます。そうしたなかで、スピードと質を上げ、かつコストの増加を抑えながらZEBを実現できる「ZEBIA🄬」は、当社の大きなアドバンテージになります。
いずれは当社が手がける全プロジェクトで「ZEBIA🄬」を活用し、お客様とともにZEBの普及・拡大をめざすとともに、日本の脱炭素に貢献できればと考えています。
ZEBを実現する設計ツール「ZEBIA🄬」
ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)を実現するうえで必要なプランニングやデザイン、構造、設備、環境、法規など複数の要素の検討や、多岐にわたるシミュレーションを効率化する設計ツール。設計の初期段階で時間を要していたエネルギー消費量や快適性の検証期間が、従来の半分程度に短縮。また、お客様が求める条件を設計に適切に反映し、シミュレーションの結果を見ながら変更できるため、よりお客様に寄り添ったプランの実現が可能になった。
栗田さんの夢:
長期的な視点とグローバルな視野で、環境設計をリードしたい
――設計者として大切にしていることや心がけていることはありますか。
私はこれまで意匠設計者として、建築のデザインをはじめ構造や設備への理解を深めながら、環境設計のノウハウを身に付けてきました。こうした自身のキャリアを活かし、今、環境設計のコンサルティングをするなかでは、環境性能を追求するのはもちろんですが、つねにデザイン性・快適性との両立を意識するようにしています。
また、長期的な視点とグローバルな視野を持つことも大切だと思っています。建物の寿命は長く、技術革新は日進月歩なので、目の前の計画が数十年後にどうなっているのか、世界の最新動向を注視ながら社内にアドバイスするようにしています。
──最後に、栗田さんの今後の目標や夢をお聞かせください。
目下の目標は、世界レベルのコンサルティングを行い、社内の環境設計のレベルを高めていくこと。自社の環境設計を推進し、環境設計において当社が業界をリードし続けられるよう貢献していきたいです。それによって、当社やお客様の脱炭素目標達成や、サステナブルな社会の実現につなげていければと考えています。
取材後記
代々木参宮橋テラスを訪れて印象的だったのは、野原のように開放的な中庭。マンション全体が中庭をシェアするコミュニティといった趣きで、とても居心地のいい空間でした。
栗田さんに話を聞くと、一つひとつの言葉から作品への愛着と設計者としての誇りが伝わってきて、建物のあらゆる部分に、つくり手の技術と想いが詰まっているのだな、だからこその居心地の良さなんだなと納得しました。
日本での環境設計の普及は「まだまだ、これから」の段階とのこと。環境負荷の少ない建物が当たり前になっていくことで、人の思考や行動がどう変わるのか、街の景色や社会がどう変わっていくのか。楽しみにしながら今後もウォッチしていきたいと思います。
(ブレーンセンター YK)
1610年創業、1899年創立の総合建設会社。「最良の作品を世に遺し、社会に貢献する」ことを経営理念に、作品主義や設計施工一貫方式を貫く。一級建築士や構造設計一級建築士といった資格保有者数は業界でもトップクラス。また、地球環境の保全や社会課題の解決にも積極的に取り組み、都市開発や、木造建築による環境との調和、地震対策などの安全・安心、資産価値向上、建設DXなど、多様なソリューションを展開する。