キーワード:クリーンエネルギー/3Ds/再エネ
人口増加と経済成長に伴い、アジア太平洋地域(APAC)におけるエネルギー需要は増加の一途をたどっています。一方で、気候変動対策は地球規模で取り組むべき喫緊の課題となり、環境負荷の低減と経済成長を同時に達成する持続的なエネルギーサイクルの必要性が高まっています。こうしたなか、住友商事株式会社は、脱炭素・循環型エネルギーシステムの構築によるカーボンニュートラル社会の実現に資する次世代事業の創出に向け、2021年に部門の枠組みを超えた営業組織「エネルギーイノベーション・イニシアチブ(EII)」を創設。このEIIに所属し、シンガポールのクリーンエネルギー総合事業会社であるサンシープ社に出向して、アジア市場での分散型太陽光発電事業を中心とした「クリーンエネルギーサービス」の普及に奔走する高橋直弘さんに事業の現状と展望をお聞きしました。
Person
Sunseap Group Pte. Ltd.
Manager, International Project Development(住友商事株式会社から出向中)
高橋 直弘
学生時代に外資系企業の長期インターンで再生エネルギー関連ファンドのプロジェクトに携わったことを契機に「さまざまな関係者と協議しながら、グローバルかつ社会的影響力の大きな価値を創出していくダイナミズムが魅力」と、海外インフラ事業に注力する住友商事に入社。電力インフラ事業本部に配属され、アフリカのガス火力発電プロジェクトでの営業経験を経て、現在はEII内に設けられた「Team Power Frontier(TPF)」で電力ビジネスにおける新領域の開拓に取り組んでいる。
多くの関係者の真ん中で仕事がしたい
――アジアでの分散型太陽光発電の普及に努めておられます。なぜ、再エネに関する仕事をしようと考えたのでしょうか。
再エネに携わるまでの段階を大きく分けると、学生時代の外資系企業でのインターン、住友商事でのガス火力発電プロジェクト、電力系の新規事業の創出を担う新組織「Team Power Frontier(TPF)」に異動した時期、という流れとなります。
まず、学生時代に長期インターンで携わった再エネファンドがそもそものきっかけでした。ここでは再エネというより、電力事業というスケールの大きな世界に興味をもちました。プラントの土地の所有者や、発電施設をつくるメーカー、工事会社などEPC(Engineering, Procurement and Construction:設計・調達・建設)事業に携わる多くの人たち、資金を融資するファイナンス関係者、実際に電力を届ける電力会社など、さまざまな人々が関わるなかで、議論を交わしながら、より合理的な最適解を見出していく。そんなダイナミックさが魅力でした。
――その経験が総合商社への志望につながっていったのですね。
インターン先は外資系の企業だったので、日本人には日本のスペシャリストであることが求められます。一方、日本の総合商社なら、多様な人々が関わる世界的なプロジェクトの真ん中で仕事ができると考え、海外インフラ事業に注力していた住友商事を志望しました。
念願叶って電力インフラ事業本部に配属され、アフリカのガス火力発電所のEPC事業――発電所の企画から建設までをパッケージにして国営電力会社に販売する営業を2年半ほど担当しました。うまくいった案件もそうでない案件もありましたが、インフラ事業は人々の生活の豊かさと密接に関わる事業であり、社会的なインパクトもあります。国や地域社会とともに協調し合いながら進めていく仕事に、当初期待していた通りの手応えを感じました。
「3Ds」という変化の波に挑戦する
――その後、TPFには自ら希望して異動したと伺っています。
2019年9月に異動しました。経緯を説明しますと、2018年にTPFの前身組織である「Team New Frontier(TNF)」が電力インフラ事業本部内に設けられました。電力事業の成長を担ってきた二つのビジネス…一つは私がアフリカで携わっていたEPC事業で、もう一つがIPP事業という独立系発電所に投資をして収益を得る事業ですが、TNFはこの2本柱に加え、新たに分散型電源やクリーンエネルギーを基軸とした新規事業を創出していくことがミッションでした。
ちなみに、TNFは当社が2021年4月から開始した中期経営計画の重点施策の一つとして立ち上げた営業組織「エネルギーイノベーション・イニシアチブ(EII)」に移管され、TPFと名称変更しましたが、ミッションは変わっていません。
――アフリカでの営業経験を活かして、クリーンをコンセプトとした新事業創出に挑戦しようとしたわけですね。
はい。その背景にあったのが「3Ds」と呼ぶ、電力業界に押し寄せる「脱炭素化(Decarbonization)」「分散化(Decentralization)」「デジタル化(Digitalization)」という3つのトレンドです。電力は安定供給という側面から、20年、30年かけて電力会社を中心とした垂直統合型の業界を形成してきたのですが、気候変動問題への対応や再エネへの要請、AI・IoTの社会実装に伴い、電力の事業モデルが垂直統合型から分散型へと急速に変化し始めています。火力中心から脱炭素、再エネ、分散型電源、そこにデジタルが加わり、市場が大きく変わる瞬間に今自分が立ち会っているという状況で、せっかく新規事業部門ができたのだから、挑戦してみたい。自分が成長できる機会があるなら、この大きな波に乗らない手はない、そう考えたのです。
アジアを視野に、クリーンエネルギー事業を立ち上げる
――3Dsの潮流を捉えた新規事業はどのようなかたちで進めていったのでしょうか。
TNFは、クリーンエネルギー事業の創出にあたり、当初から3Dsに対応する「グリーンエネルギープラットフォーム」という構想を描いていました。再エネ発電所をつくって売るだけではなく、余剰電力を活かした小口販売、顧客基盤を活かしたVPP(仮想発電所)事業、省エネに関する包括的なサービスを提供して収益を得るESCO事業など、多種多様なクリーンエネルギーサービスをソリューションとして展開し、世界を相手に各地域の需要・ニーズに合ったかたちで脱炭素化・分散化・デジタル化に貢献しようと考えたのです。
その構想をAPAC(アジア太平洋)地域において具現化していくなかで我々が着目したのが、屋根置き型の太陽光発電事業を中心に、シンガポールや東南アジアでシェアNo.1の総合クリーンエネルギー事業を推進していたサンシープ社への出資を通じた共同事業展開でした。
――サンシープ社と協働することで、具体的にどのようなことができるのでしょうか。
当社は、インドネシアやバングラデシュ、タイ、べトナムなどアジア各国で電力事業をはじめとしたさまざまな事業を推進しており、市場への豊富な知見を有しています。また、各産業の枠を超える幅広い顧客基盤、多様な顧客が有するオフィスや工場などの生産基盤、人的ネットワークなども強みとしています。
一方、サンシープ社は、APAC各国で分散型太陽光発電事業、大型太陽光発電IPP事業、電力小売事業、VPP事業、ESCO事業など総合的なクリーンエネルギー事業を手掛けており、なかでも分散型太陽光発電事業は東南アジア地域でトップシェアです。
太陽光発電の設置は基本的に顧客1軒ごとへの対応となり、当社だけではハードルが高いのですが、サンシープ社はアジア8カ国に拠点を有し、多くのエンジニアが設計からメンテナンスまでサポートしています。デジタル化も進めており、シンガポールにある約3,000カ所の屋根置き太陽光はすべてソフトウェアで遠隔管理しています。
こうした両社の強みを掛け合わせることで、例えば当社のネットワークを活用し、工場などを有する顧客に対してサンシープ社とともに太陽光発電を導入する、さらにそれだけではなくESCO、EV関連サービスなど顧客の脱炭素戦略に合致するサービスをテイラーメイドで提供するなど、日本やAPACにおいて3Dsに対応する総合的なクリーンエネルギーサービスを展開することができます。
<サンシープ社の概要>
会社名: Sunseap Group Pte. Ltd.
本社所在地: シンガポール
CEO: Frank Phuan
設立年: 2011年
事業概要: アジア太平洋地域における、分散型太陽光発電事業、大型太陽光発電IPP事業、クリーン電力小売事業、ESCO事業、VPP事業など
ウェブサイト: https://www.sunseap.com/SG/index.html
――出資が決まった後、サンシープ社に出向というかたちで赴任したのですね。
2019年に異動した時は、これからサンシープ社への出資を検討しようという段階でしたので、出資に向けたデューディリジェンス業務をまず担当しました。並行して、出資後の協業を見据えて日本のサンシープ社の社員と国内の顧客に各種のサービスを案内して回りました。その後は新型コロナの影響などもあり、出資が完了したのは2021年4月。10月にようやくビザが取れ、シンガポールに赴任することができました。
――改めてサンシープ社における高橋さんの役割を教えてください。
大きく二つあります。一つはシンガポールをはじめとしたAPAC市場におけるクリーンエネルギーサービスをソリューションとして拡販していくこと、もう一つは当社とサンシープ社の協業案件の組成です。
具体的に挙げると、まず一つめのソリューションの拡販では、APAC各国における当社ネットワークを活用して、サンシープ社と協働して提案活動を実施しています。
二つめの業務では、シンガポールの環境目標を見据えた取り組みを推進しています。というのも、政府は昨年「シンガポールグリーンプラン2030」を発表し、そのなかで「2030年までに太陽エネルギーへの依存度を現在の5倍とし、需要の3%を満たす」という目標を掲げました。また、環境持続相は「2035年までに国内電力供給の約30%に相当する4ギガワットの低炭素電力の輸入を計画する」と宣言しました。こうしたマクロ状況・政策を踏まえた協業案件形成の検討を進めています。
――具体的にどのような業務なのでしょうか。
関係するステークホルダーとの折衝を主導しています。サンシープ社における各市場・事業の担当者と住友商事側の担当者を繋げ、新たな事業アイディアの検討を進めたり、検討中の事業における顧客、関係機関との議論を働きかけるなど、関係者とともに事業・アイディアの実現に向けた動きを立案、実践しています。
例えば、各機関との折衝に関しては、電力事業は基本的に各国の法規制に基づく事業ですので、それぞれの国ごとのレギュレーションやその動向を踏まえながらさまざまな関係者と利害を調整していく必要があります。その点で、当社の電力インフラ事業本部はこれら法制度を逐一把握していますし、また私自身、国や電力会社との交渉経験もあります。その当社と、豊富なクリーンサービスをもつサンシープ社が協業して、どうすれば我々が各市場で描く構想の実現を後押しできるか。そのためのスキームづくりに向けた交渉などを行っています。
市場の変化のスピードに柔軟に、トータルに対応
――シンガポールに赴任して約4か月経ちましたが、現状どんな手応えを感じていますか。
再エネ市場の変化のスピードは、当初描いていたよりダイナミックで、他社との競争も想像以上に激しいというのが実感です。シンガポールがまさにそうですが、国が目標を公表し、それに沿って企業がさまざまな工夫を凝らし、変化を成長のチャンスに変えようとしている。場合によっては炭素税などのリスクも負いながら、皆、本気になってカーボンゼロ社会をめざし始めています。
他国も同様で、タイの日系企業での太陽光発電設備の普及のスピードは大変なものです。またベトナムは政策の後押しもあり、再エネの普及が急激に進んでいます。
こうした状況は、我々営業部門からすれば大きなフォローの風ではありますが、一方で、太陽光事業は設備のコストもどんどん下がっていること、工場や土地・建物のオーナーとの関係一つで導入が決まることもあり、参入障壁が低く、新規参入する事業者が次々と現れています。こういった競争環境に加え、政策動向もしっかりと見極める必要もあることから、油断していると市場からたちまち取り残されてしまうという緊張感があります。
――そうしたスピードのなかで、どのように闘っていこうとしているのですか。
いろいろな方策があると思います。1軒1軒の新規のお客様との交渉に全力を尽くすことは当然ですが、例えばコスト競争という点では、エンジニアリングを内製するなどもともと競争力はあるのですが、加えて、当社やサンシープ社の顧客基盤を活かし、他国の工場やオフィスのオーナーと交渉し、まとめて施工して全体のコストを下げながら実績を上げていくというやり方もあります。また、太陽光パネルの設置はカーボンゼロが目的ですから、我々がもつ多種多様なクリーンサービスを組み合わせてパッケージとして提案していくことで、いわゆる太陽光屋さんにはできない付加価値の高い提案を実現していけるのも強みです。
――協業体制ならではの創意工夫がポイントであり、そこに新たな仕事のやりがいがあるということですね。
はい。とくに屋根置き太陽光事業を含めた分散型電力事業は、一件一件の案件金額という点では政府や電力会社を相手にEPC事業をやっていた頃と比べて小規模ですし、競争も激しいですが、さまざまな関係者とともにゴールをめざす仕事であることに変わりはなく、むしろ各社の得意技を含めていかにスピーディに提案の幅を広げていくか、クリーンエネルギーソリューションプロバイダーとしての総合性、柔軟性を発揮していくか。案件特性に応じて創意工夫できる余地がある分、以前とは異なる仕事の創造性を感じています。
目の前の課題に真摯に、誠実に応えていくなかで大きな画を実現していく
――住友商事グループならではの強みを発揮して業務を推進していることがよくわかりました。最後に、現状の課題、今後の展望について教えてください。
目の前の一つひとつの案件に真摯に、全力で取り組むことに尽きると思っています。例えば、先ほど一案件の案件金額が相対的に小さいと言いましたが、こういった事業を各国で規模感をもって展開するためには、資金・人員の確保を含め、リソース配分に工夫が必要です。このあたりは全社戦略・事業戦略に基づき、外部・内部環境をしっかり分析して判断すべき点で、一言で説明するのは難しい課題ですが、市場の変化に対応しながら競合に勝つためには、常に情報をアップデートし、戦略をチューンアップし、攻めると決めたら迅速、果敢に判断する必要があります。また、シンガポールで先行している屋根置き太陽光の遠隔管理システムの導入も、トラッキングを有効活用するためには同様に一定の規模が必要であり、今後の課題と言えます。
こうしたさまざまな課題に対応し続けていると、時々人から「グリーンプラットフォームを実現していくための具体的なタイムラインはないのですか?」と聞かれることもありますが、これだけ需要があり、かつ変化・競争の激しい業界においては、常に目の前のお客様と向き合い、満足度を高める、ニーズを満たすことを考え、柔軟に対応していくことが肝心です。この実経験の積み重ねが現実のビジネス、さらには大きな画の実現に繋がっていくと考えています。
但し、そうしたなかでも、目先のお客様のニーズや競合会社の動向などの外部環境に過度に右往左往するのではなく、国際的な潮流やその国の成長戦略といったマクロかつ長期的な視点を取り入れた、住友商事らしい、しっかりとした背骨を併せもった戦略立案・実行をしていきたいと思っています。
――今後の展望、将来のキャリアという点ではどうでしょう。
成長投資に資源を振り向けていけるよう顧客基盤を一つひとつ積み重ねていくと同時に、その次のキャリアも自分のなかにはあります。それは、新規事業プロジェクトとして実際につくったスキームの運営側に立つことです。我々商社の事業はつくって終わり、売って終わりではなく、ハンズオンで中長期に価値を高め続けてける仕組みをつくってこそ、大きな社会価値を生み出していくものと思っています。
――TPFでの仕事、国際社会のサステナビリティに貢献するプロジェクトには、そうした長期的な観点、姿勢が不可欠になりますね。
「サステナビリティ」に対する思いは、入社後に徐々に醸成されたというのが正直なところで、あまり大きなことは言えませんが、総合商社で仕事をする以上、いろいろな関係者を巻き込みながら大きな社会価値を創出し、エコシステムとして定着させることで世の中をより良くしたい、そういう想いは間違いなく自分の中心軸にあります。
住友には、「自利利他公私一如」という言葉があります。自社を利するだけではなく、社会も国家も利する。私が仕事をしている電力インフラの世界は、ビジネスとして競争力を高めながら、その先の多くのステークホルダー、地球環境のサステナビリティに貢献できる仕事です。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、これからも自分が多くの関係者の真ん中に立ってそういう仕事をつくっていきたいと本気で思っていますし、持続可能な豊かさという価値を分かち合う存在になっていきたいと思います。
「常に変化を先取りして新たな価値を創造し、広く社会に貢献するグローバルな企業グループ」を企業像として掲げる大手総合商社。中期経営計画「SHIFT2023」では社会の「デジタル化」と「サステナビリティに対する要請」という潮流を捉え、事業ポートフォリオの再構築を推進。その一環として従来の部門の枠組みを超えた組織、EIIを立ち上げ、CO2を大気中に累積させない新たな社会・経済システムの構築をめざしている。