キーワード:DER/MERSOL/カーボンニュートラル
「2050年カーボンニュートラル」を実現するためには、大きな出力変動を伴う再生可能エネルギーを最大限に活用していくことが求められています。この出力変動に対応する需給調整の担い手として、蓄電設備や自家発電設備、空調などの需要設備といった分散型エネルギーリソース「DER」が注目されています。しかし、DER本来の機能を活かし、収益と両立させていくためには、電力需要や電力市場価格といったデータや制度に織り込まれた条件などをシミュレーションした“運用計画”が不可欠であり、その作成の難しさが導入の壁となっていました。こうしたなか、三菱総合研究所(MRI)では、エネルギー分野で培った知見と独自のシミュレーション技術を用いて、DER運用支援サービス「MERSOL」を開発。その中心でプロジェクトを率いる三浦大助さん、サービス開発を担当した湯浅友幸さん、シミュレーターを開発した一ノ宮弘樹さんに、現状と今後の展開を伺いました。
Person
株式会社三菱総合研究所
イノベーション・サービス開発本部
エネルギー新事業グループ グループリーダー
三浦 大助
2003年入社。コンサルタントとして経験を積み、総合商社に出向して省エネ・環境分野の事業開発に携わる。2012年、MRIを退社して国際金融機関である世界銀行に入行。ベトナム向けの電力エネルギー融資案件の形成・管理業務に従事。2014年にMRIに再入社後は、新設されたイノベーション・サービス開発本部でエネルギー関連の事業開発、新サービス創出に務めている。
Person
エネルギー新事業グループ
湯浅 友幸
2012年入社。コンサルタントとして再生可能エネルギー分野の制度設計、事業支援を経験。2017年より電力会社に出向し、事業者の立場から分散型エネルギーリソースの活用普及に取り組む。2019年に帰任後、三浦さんが構想した「分散型エネルギーリソース運用支援サービス」の勉強会に参加。意気投合し、以来、ともに商品企画や顧客対応を担当。
Person
エネルギー新事業グループ
一ノ宮 弘樹
2014年入社。コンサルタントとして電力・エネルギー分野の調査、制度設計支援業務等に従事。その後2019年に米国のローレンスバークレー国立研究所に1年間、客員研究員として派遣され、ビッグデータ、AI分析などの先端技術、エネルギーモデル分析などのノウハウを蓄積。帰国後、蓄電池の事業性評価でお客様の課題解決に独自に作成したシミュレーターを開発するなどして貢献。MERSOLの原型となる。現在はさらなるサービス・機能開発に挑戦中。
「分散型エネルギーリソース」を導入するお客様の課題を解決するために
――「分散型エネルギーリソース運用支援サービス」がテーマです。耳慣れない言葉なので、まずそれがどのようなもので、どんな社会課題解決につながっていくのかから教えてください。
三浦:はい。分散型エネルギーリソースは「DER(Distributed Energy Resources)」と呼ばれており、太陽光発電システムなど各地に分散して設置されている「自家発電設備」や蓄電池などの「蓄電設備」、空調などの「需要設備」を指します。太陽光だけでなく風力発電や地熱発電設備のほか、EVもDERに含まれます。
このDERが注目される背景には、国がめざす「2050年カーボンニュートラル」があります。これを実現するためには再生可能エネルギー電源を最大限に活用することが不可欠です。ところがご承知のように、再エネは気候条件などによって大きな出力変動が伴うため、安定的に利用しづらいという課題があります。そのため、これまで主に大規模な火力電源を有する大手の電力会社が需給調整をしてきたのですが、再エネ利用率を高めていくためには、さまざまな業界の企業が再エネ事業に参入し、市場で取引やサービスを提供できるようにしていく必要があります。また、火力発電に替わる存在としての蓄電池の利活用拡大も重要です。そこで政府は、近年のDERの運用・制御技術の高度化も踏まえ、多様な事業者がDERを活用できるよう制度設計を進めています。
――そうしたなかでDER運用支援サービスを立ち上げました。その狙いを教えてください。
三浦:小規模な発電施設をつくったり工場の敷地に蓄電池を設置したりと、DERを活用する事業者は年々増加しています。そのなかで、これは新規参入の事業者に限った話ではないのですが、大きな課題が二つ生じています。
一つは、DER、とりわけそのキーとなる蓄電池では「どのように運用・制御すれば収益が上がるのか」という問題です。たとえば、蓄電池を導入・活用している工場では、ピークカットなど自社の電気料金削減のために蓄電池を使うだけでなく、蓄電池が稼働していない時間帯には、電力市場にその余力を供出することで更に収益をあげることができますが、そのためにはどのタイミングで、どのくらいの電力を、どの市場に提供すれば収益が最大化できるかを予測する必要があります。ただ、その予測には電力需要や電力市場価格、市場ルールなど専門的な要素を複合的に考慮した高度な分析・解析技術とシミュレーション技術が必要になります。
もう一つは、DERに関わる制度自体の変化です。制度は、再エネや蓄電設備の普及状況、需要家の電力ニーズの推移、電力価格の状況などさまざまな情報を勘案して設計されており、収支計画の前提となることから、その方向性を知ることは、発電設備にせよ蓄電設備にせよ、投資判断をする上で必須の情報といえます。ただ、こうした知見を事前にもっている企業はそう多くはありません。
こうした課題があることから「事業参入したいが、踏み出せない」という声をここ数年とてもよく聞くようになりました。発電施設はもちろん、年々大型化する蓄電池にしても、費用はそれなりにかかりますから、正しい投資判断をするためには、収益性やリスク、制度改革の方向性などの判断材料をきちんと把握しておくことが重要です。また、既存の事業者においても、DERに関わる事業コストの低減や収益性向上は重要な課題となっています。
湯浅:そうした課題を解決するために開発したのが、DER運用支援サービス「MERSOL」です。MERSOLには、制度設計に関する知見はもちろん、シミュレーションに必要なさまざまなデータを織り込んでおり、Web上で提供することで、どの事業者でも事前に収益性・事業性評価や、評価をもとにした運用戦略を精緻に想定、立案できるようになります。MERSOLは、多くの事業者のDERの導入を後押しし、事業性を向上するソリューションになると考えています。
コンサルティング業務を通じて蓄積してきた「知見」と「技術」を結集
――改めて開発の経緯を教えてください。
湯浅:もともと我々はMRIの事業の柱である調査研究・提言やコンサルティングの業務に携わっていました。そのなかで、三浦さんと私はそれまで電力会社へのコンサルティングや、DER、再生可能エネルギーに関する政策提言を手掛けており、お客様の相談ごとに対して、社内にあるさまざまなシミュレーターを使って収益性評価や事業性評価を「数字」というエビデンスを示しながら改善案などを提案していました。
そうしたなかで、三浦さんから「DER活用を目指す事業者の悩みに応えるシミュレーターをつくってみないか」と声を掛けられて集まったのがこの3名で、2018年のことです。その時の三浦さんの構想がMERSOLの原型になっています。
その後、先端技術を活用して社会課題解決に向けた事業開発、新サービスを創出する「イノベーション・サービス開発本部」という組織が立ち上がったことから、構想の具現化に向けて開発を加速していったという経緯です。
――三浦さんはどんな話をしたのですか。
三浦:カーボンニュートラルに向けてDERが活用されていくなかで、海外を見ていると、それに関するさまざまなサービスが活発に立ち上がっていることがわかりました。その様子を見て「これは日本の未来だ」と考えました。とくに日本では、先ほど話したような課題があったことから、まずは「蓄電池の運用シミュレーター」に焦点を当て、有志を集めて勉強会を開きました。そこで2人が強い関心を示してくれたことから、「一緒にやろう」ということになりました。
湯浅:当時、一ノ宮君が基盤となるシステムを独学で開発していたことも決断材料の一つでした。
一ノ宮:そのものずばりではありませんが、「蓄電池の投資効果を見極めたい」というお客様のご要望にきちんと数字で応えたい、表やグラフでしっかりと表現したいと考えて開発を進めていました。
湯浅:ただ、その技術を社内で活用するだけではコンサルティングの延長で、新サービスとは言えません。そこでまずは、さまざまな事業者に活用いただける汎用性のある「運用支援サービス」として確立した上で、将来はお客様を広げていくために「Webサービス」にしていこうと話をしていました。
――DERに関わる事業者のニーズはどうやって把握したのですか。
湯浅:我々はふだんからエネルギー業界の多くのお客様の相談事と向き合っており、その過程でMERSOLに近い発想で分析、シミュレーションをしてきた実績もあることから、多くの事業者のニーズを蓄積しています。
三浦:手前味噌になりますが、コンサルティング業界のなかで、これだけ電力や再エネに実績・知見のある会社はないと思っています。お客様が直面する課題だけでなく、事業を取り巻く環境変化、変化を踏まえた政府・自治体・エネルギー業界の制度設計の方向性まで、これらの知見は長年のお客様から大きな信頼を頂いていると自負しています。
湯浅:その知見に加えて、一ノ宮君がまさに体現しているように、コンサルティング業務を通じて培ってきたMRI独自の「モデリング・シミュレーション技術」があります。これら豊富な知見と技術があればこそ、蓄電池の事業性評価や運用戦略の立案に役立つ「MERSOL」ができたと考えています。
蓄電池“導入”の意思決定サービスから、最適な“運営計画”の立案サービスへ
――リリースは22年11月でした。現状の評価と今後の課題について教えてください。
三浦:最初にリリースしたのは2021年5月で、この時は「DER運用支援サービスの開始」、いわゆる受託サービスの一つでした。それをWeb化して「MERSOL」としてリリースしたのがその1年後。MRIが成長戦略の一つとして注力するストック型ビジネスの創出に当本部も一歩踏み出すことができたと考えています。
――当初の反響はどうでしたか。
湯浅:大きく2つありました。一つは「まさにこういうサービスが欲しかった」というもので、もう一つは「ここまでできるなら、こういう機能も加えることができるんじゃないか」というものです。いずれも、一定レベルの機能と品質を備えているからこそこうした声が出てくるのだと思っており、確かな手応えを感じています。
一ノ宮:二つめの「機能を加えたい」という声は、当然のことですがお客様ごとに運用する蓄電池の条件、機器のスペックや設置場所ごとに計算したい事柄が異なるからです。コンサルティング業務であれば、一旦持ち帰って検討・モデル改良した上で答えを出せばいいのですが、Webサービスでは、求められる答えを瞬時に出す必要があり、多様なニーズにどこまで対応し、標準化すべきか。また一言で機能付加といっても、その背景にある電力の制度設計が複雑なことから、そうした制度理解も含めて今後の開発に活かしていきたいと思っています。
三浦:ちなみに、MERSOLをリリースしてからも、DERの運用支援コンサルティングサービスは引き続き提供しています。2つ意味があって、一つは一ノ宮君が言う多様なニーズに応えるカスタマイズ機能を提供するため。二つめは、そうした声をマーケティング情報としてMERSOLの改善にも活かしていくためです。イメージとしては、DER関連の市場が広がるなかで、コンサルティング業務で多様なニーズに丁寧に応えつつ、それだけでは時間もコストも膨れ上がってしまうことから、お客様の声を取り入れたWebサービスの機能を進化させていくというものです。
――今後の展開について教えてください。
三浦:制度変更やお客様の声に応える機能をアップデートしていくことは当然のこととして、新しいことにも挑戦しつつあります。現在、MERSOLは蓄電池導入時の事前評価や実施判断のエビデンスとして活用いただいていますが、これを実運用サービスとしても活用していただくことを考えています。蓄電池などを導入したお客様が、日々の運用を通じて得たデータを「明日はこういう動かし方をしてみよう」となるような、運用計画の意思決定につなげていくサービスです。
湯浅:すでに実証試験を始めており、大和ハウスグループがもつ太陽光発電所に蓄電池を加え、当社が開発した「蓄電池最適運用計画作成システム」を実装して日々の計画と運用収益の関係について検証しています。さらに、その先には、将来の市場価格など「未来情報」を実装して、より精緻な投資判断、運用計画の立案に役立つシミュレーションができるようになればと考えています。お客様は常に先々を見ていますので、そうしたニーズは確実にありますし、当社が得意とする電力分野の将来市場予測の技術も活かして貢献したいと考えています。
自分たちの手で再エネ普及を後押ししているという実感
――皆さんの「MERSOL」への想いや、今後に向けたモチベーションについて教えてください。
一ノ宮:2014年に入社してコンサルティング業務に関わるなかで、お客様の「こういうのがあったら」という声に一つひとつ応えるなかで成長してきたと感じています。今後も基本的には目の前のお客様と対話しながら技術を磨いていきたいと考えています。
三浦:一ノ宮君は学生時代に物理学を専攻していました。その彼が今ではデータサイエンティストとして活躍しています。それは会社が「そうなってほしいから」ではなく、お客様への関心や、持ち前の知的好奇心を活かして「自分だったらこうする」と考えながら自ら学び、行動してきた結果だと思います。
一ノ宮:ものづくりなのでもちろん試行錯誤はありますが、人が手掛けていないことを先輩たちと知恵を出し合いながらかたちにしていくのはシンプルに面白いと思います。メーカーの研究開発畑から当社に来た方に聞くと、困りごとを聞くのは営業部門で、お客様と直接やりとりすることはない。逆に営業が開発に口を出すこともないと。その点で当社はその双方を経験でき、自分で考えたことがかたちになり、それが売上になる、とてもユニークな事業形態で、そうした環境には満足しています。
湯浅:私の場合は、蓄電池の大型投資に関してMERSOLがお客様の大きな判断材料になっていること、再エネの普及を支える蓄電池市場が着実に広がっているという実感がモチベーションとなっています。過去1年ほど電力会社に出向したことがあるんですが、当時は制度的な課題も多く、DER実装の難しさを感じた経験があります。そうしたなかで、MRIの新規事業というかたちで自ら直接サービスを立ち上げ、実装に貢献できるようになった。これには大きな手応えを感じています。加えて、コンサルタントのものづくりは報告書や提案書ですが、ここではWebサービスと言えども手触り感のあるものづくりをしている、その点は楽しいと感じます。
三浦:お二人が言うように、言うだけ、考えるだけでなく、自らの行動で事態を打開し、世の中を前に進めていくことが自分にとっては大事なことだと思っています。入社して20年ほど経ちますが、その間、総合商社に出向して事業開発の仕事をしたり、一度は退社して途上国向け金融機関でエネルギー融資の案件に携わったりと、あまり意識はしていませんでしたが社会課題解決というテーマでこれまで動いてきました。その後、MRIに戻り、イノベーション・サービス開発本部ができたことを契機にMERSOLの構想が動き出し、いま現在も進化し続けているなかで、MERSOLの社会課題解決力が少しずつ強化されていることは私にとって大きな楽しみであり、モチベーションとなっています。
――現在の中期経営計画では「VCP経営(※)」を掲げています。まさにその実践となる取り組みと言えますね。
三浦:Yesであり、Noでもあります(笑)。確かに我々がやっていることは「社会課題解決型事業」であり、「調査・研究から社会現場での実装までを事業としてつなげる」VCP経営の実践と言えます。しかしその立脚点は当社の経営計画というよりはむしろ、世界のエネルギー事情から日本のエネルギーの未来を考え、成すべきことをやっているという極めてシンプルなもので、その起点は常にお客様の困りごとにあると思っています。そうした成すべきことに取り組むなかで、当社は、調査・研究から分析・コンサルティング、制度設計、社会実装まで、さまざまな角度からアプローチできる環境にあることから、どこまでを自分たちの仕事とし、どんな仲間とともに、どんな社会課題を解決していくのか。一人ひとりが主体的に考え行動していくことがVCP経営の実践だと考えています。
もし、これから社会に出る方がこの記事を読んでくださっていたら、「社会課題解決に向けた方法論はいくらでもある、それに対し自分の強みに合わせてアプローチしていける場がMRIにはある」と伝えたいと思います。
※「Value Creation Process経営」の略称。MRIグループがもつ「研究・提言」「分析・構想」「設計・実証」「社会実装」までの幅広い知見やノウハウ、バリューチェーンを活かした社会課題解決型事業を通じて社会価値を創出していく経営方針。
編集後記
シンクタンクを源流とするMRIグループのものづくりはどういう感じなのだろうと、興味をもってお話をお伺いしまた。始まりは、日本のエネルギーの未来を何とかしたいという、三浦さんの情熱。その想いに共感し同じ熱量をもった湯浅さん、一ノ宮さんがチームを組んだからこそ、DER運用支援サービス「MERSOL」は具現化できたと思います。
また、熱い思いだけでなく、サービスリリース後も、お客様の声を聞きながら愚直に機能の進化に努めておられ、実証試験を通じて用途の拡大にも取り組んでいることから、MERSOLの生みの親として社会に貢献したいというある種の責任感も感じました。さらに、グループ経営方針である「VCP経営」の実践だから取り組んだというよりも、お客様の困りごとだから解決しなければならないと考える三浦さんのスタンスに、今後のMERSOLへの期待感を抱きました。
(ブレーンセンター AF)
三菱創業100周年となる1970年にグループ27社の出資により設立された「独立・学際・未来志向」のシンクタンク。官公庁向け政策立案支援業務で確固たる基盤を築くほか、2000年代にICTソリューション事業に本格参入。成長に向けた政策・制度・戦略を研究・提言する「シンクタンク・コンサルティング事業」と、課題解決や社会実装に不可欠な「ITサービス事業」を融合して独自のソリューションを提供している。2024年度からの中期経営計画では、「社会変革を先駆ける未来実装企業グループ」を掲げ、グループ内外での連携・共創を加速している。