Perspectives

「ビジネスのちから」で環境・社会課題を解決する
“新しい視点”を。

株式会社西武ホールディングス  

「ロス」を「価値」に変える 「LOSS TO VALUE」プロジェクトの推進

キーワード:循環型社会/エシカル消費/リサイクル

鉄道事業を祖業にホテル・レジャー、不動産ビジネスを展開する西武ホールディングスは、既存事業に次ぐ第四の柱を打ち立てるべく、2017年、自由な発想で新規事業を創出することをミッションとする「西武ラボ」を設立。社内外からアイディアを募り、社会課題解決や西武グループのグループビジョン「でかける人を、ほほえむ人へ。」を実現する新規事業の創出に向け、挑戦を続けています。その取り組みの一つが、「ロス」を「価値」に変える「LOSS TO VALUE」プロジェクト。その進捗について、西武ラボ部長の田中健司さんに聞きました。

Person


株式会社西武ホールディングス 経営企画本部 西武ラボ 部長

田中健司

大学を出て大手住宅設備機器メーカーに3年間在籍。その後、「ゼロから事業を育てる経験」を求め、2003年にペット関連のベンチャー企業「アドホック株式会社」(現:株式会社西武ペットケア)に転職。その頃から、当時ホテルや鉄道事業でペット同伴サービスを広げようとしていた西武グループと協業するようになり、2008年に同社は西武グループの一員に。現在は西武ペットケア代表取締役社長として経営の舵取りを行うとともに、西武ホールディングス経営企画本部西武ラボ部長も兼任するなど、グループ横断的に活躍している。

「LOSS TO VALUE」プロジェクト: 
組織の垣根を超えて、世の中の「ロス」を「価値」に変える取り組みに挑戦

―「LOSS TO VALUE」プロジェクトの概要を教えてください。

 「LOSS TO VALUE」とは、文字通り従来であれば廃棄し、“ロス”となってしまっていたモノを使って、新たな“価値”を生み出すアイディアを集め、それぞれの事業化を目指すプロジェクトです。

 西武ラボでは2019年から、新規事業創出の源泉となるアイディアを公募し、提案者の想いを大切にしながらアイディアを形にしていくオープンイノベーションプログラム「SWING(スウィング)」を実施しています。その中で、廃棄ロスの削減につながるアイディアが複数出てきたのですが、一つひとつの規模は小さく、単体では目指す事業規模には届かないものでした。ただ、どれも非常に社会的意義がある取り組みであったため、“ロスから新たな価値を生み出す事業”を一つに束ねてプロジェクト化し、事業として検討を始めたのが「LOSS TO VALUE」誕生の背景です。

―どのようなアイディアが形になっているのでしょうか。

 現在進めている具体的な取り組みは、「Chabacco(ちゃばこ)」と「フラワーキャンドル」です。Chabaccoは、廃棄予定だったたばこの自動販売機を再利用して西武グループの駅などで地元産のスティックタイプの粉末茶を売る、地産地消の、いわば地方創生プロジェクトです。想定以上に反響をいただき、設置箇所を拡大しています。一方、フラワーキャンドルは、西武グループのプリンスホテルの結婚式で使用した花を利活用してキャンドルを作るプロジェクトです。こちらはまだ実証的に販売している最中ですが、制作工程の一部を障がいのある方々に担っていただくことで環境面だけではない事業の意義を付加しています。

 この他にも、例えばホテルで使用されたリネンやビュッフェでの食品残渣の再活用など、まだ企画や構想段階のアイディアも多くあります。ちなみに、これらは必ずしもSWINGから出たアイディアだけではなく、グループ内外でプロジェクトの趣旨に賛同して声を上げてくれた案件も含んでいます。環境への配慮や地域社会との共生などグループビジョンに通じており、社会課題解決に資する取り組みであれば、スタートアップなどのパートナーと連携して、どんなことでも挑戦する姿勢でいます。

 ただ、過去には、意義はあるものの不採算のために撤退した案件もあります。これら「検討中止」の取り組みもトラックレコードとしてウェブサイトに残しているのですが、これには、西武ラボの挑戦し続ける姿勢を示したいという想いと、いつか課題へのソリューションを持った企業の目に留まり、取り組みが復活することも十分にあるという期待を込めています。チームメンバーにも「前向きに転べ!」とよく伝えているのですが、新規事業創出部門というのは、前向きにチャレンジしていれば転ぶこともある、そう意識してやっていかないと価値を生み出せないと考えています。一番よくないのは動かないこと、あるいは逃げて後ろに転んでしまうことなので、「前向きな転倒はウェルカムだ!」と常に言い聞かせています。

Chabacco商品と結婚式で使用した花を利活用したフラワーキャンドル

Chabaccoは廃棄予定だったたばこの自動販売機を再利用(本川越駅)

―本プロジェクトのミッション、その意義をどのように捉えていますか。

 当然、西武ラボとしては、新規事業を作り出して収益を向上させるというミッションもありますし、プロジェクトを継続するためには各事業が単体で黒字であることは重要です。その辺りも常に意識しながら取り組んではいますが、やはり小さな取り組みの集まりなので、個々に定量目標を示すのは難しい部分があります。また、新規事業開発においては、社会課題解決に資するプロジェクトという観点で始まったところもあるので、フラワーキャンドルのように、廃棄物の削減だけではなくダイバーシティへの取り組みも掛け合わせるなど、利益創出以外にも社会課題解決の観点から事業継続の重要性を理解してもらえるように努めています。

 加えて、「最良、最強の生活応援企業グループ」として、社会からの要請にきちんと向き合い、一つひとつの解決に取り組んでいる姿勢を示すこと、生活者の方々に「その取り組み素敵だよね!」と思ってもらえるような、情緒的な価値を提供することも「LOSS TO VALUE」のミッションだと考えています。

―プロジェクトを推進していく上で、西武グループだからこその強みがあれば教えてください。

 西武グループにはさまざまな事業会社があるため、Chabaccoは鉄道、フラワーキャンドルはプリンスホテルといったように、多様なアイディアにグループの総合力を活用して対応することができます。また、鉄道でもホテルでも、あらゆる場面で直接お客さまと接し要望にお応えするスタッフが活躍しています。言いかえると、常に人が主役で動いている会社なので、彼ら、彼女らの理解、協力を得ながら新たな事業、新たな価値を創っていけるというのはとても心強く、サービス業のコングロマリットである西武グループだからこその強みが活かせる取り組みだと考えています。

「西武ラボ」が先導する成長戦略: 
ピンチをチャンスに変え、サステナブルな事業で第四、第五の柱を

―そもそも論になりますが、西武ラボという部門はどういう経緯でスタートしたのでしょうか。

 ちょうど2016年頃、インバウンド・ブームが到来し、ありがたいことに当社グループも各社が業績好調、株価も非常に良い、という状況がありました。同じ頃にオープンイノベーションが叫ばれ、さまざまなスタートアップ企業が勃興してきて、「好業績を後ろ盾に今のうちに新しいチャレンジを!」という社内の機運が高まりました。

 そこで、スタートアップ企業のスピード感に対応するため専門部署を作ってスピーディに意思決定していこうと、2017年4月に西武ホールディングスの経営企画本部の下に西武ラボが設立されました。そうした経緯から、西武ラボでは事業会社がカバーしきれない、あるいは事業横断的な新規事業を他社と積極的に協業しています。

 全く新しい事にチャレンジして、鉄道、ホテル、不動産ビジネスに続く四本目、五本目の柱を作っていくのが我々にとってのミッションです。

―2020年には新型コロナウイルスの流行でインバウンド業界は大打撃を受けました。西武ラボへの影響はありましたか。

 はい。例えば、設立当時取り組んでいた事業の一つにヘリコプターのシェアリングサービスがあり、AirXというスタートアップと外国人観光客を主な対象としたビジネスを構想していたのですが、コロナ禍で需要が瞬間蒸発してしまったため、一旦脇に置いているという状況です。

 しかし、粘り強く新規事業の創出に挑戦してきた当社は「ピンチをチャンスに!」という意識が強く、社内では「今こそ、これまで向き合ってこられなかった、やってこられなかった新しいチャレンジをするチャンスだ!」という声が高まっています。そうしたなかで浮上した取り組みが“社会課題解決”をコンセプトとした事業です。

 例えば、コロナ禍の最中に始めたプロジェクトとして「BOPISTA(ボピスタ)」があります。これは駅のスマートロッカーでマルチなサービスを提供する取り組みで、スマホで注文したものを即日受け取ることができます。駅は朝晩通勤やおでかけで2回通るため利便性が高く、かつ、個別宅配に比べCO2排出などの環境負荷も減らすことができます。電車で配送し、池袋の西武百貨店のスイーツを、所沢で30分後に受け取るということが物理的にできてしまうわけです。今まで人流のハブだった駅を、物流・交流も含めた生活のハブとして再定義する。そういった駅機能のリデザインを行っています。

 このような取り組みは、基本的には安全・安心最優先で、新しい取り組みに慎重になりがちな鉄道業では、コロナがなければ難しい部分もあったかもしれません。ただ、西武グループ100年の歴史を揺るがすこれだけの出来事が起きて、今新しい取り組みをやらないと次の100年を作っていけないぞ!という危機感の中、サステナブルな新事業を積極的に展開していく機運が生まれています。現在も6~7本の新規事業アイディアが進行しています。

BOPISTAのスマートロッカー

田中さんの想い: 
ベンチャーと大企業、両方のよさをフルに活用し、社会課題解決に資するサービスを生み出す

―田中さんが西武ラボの部長に就かれるまでの経緯を教えてください。

 2008年にベンチャー企業だったアドホックの社長として西武グループに入って以降、鉄道、ホテル・レジャー、不動産の各事業と連携して、ペット関連のサービス開発やイベント企画を推進するなど、グループを横断してさまざまなプロジェクトに携わってきました。

 そんな中で西武ホールディングスの後藤社長から「何か新しいことをやってみないか」と指名されたのが直接の経緯です。というのも、西武ラボはスタートアップ企業との連携が必要なオープンイノベーションを前提にした組織であり、さまざまな情報収集や人脈形成を含めて能動的に動いていかねばならないため、行動力がありいろいろなことに興味・関心を持つ若手が良いだろう、というのが社長の頭にあったようです。加えて、かつてベンチャー企業にいた私ならスタートアップ企業の気持ちもわかり、2008年以降はグループの中で大企業の理屈も一定程度学んできたことから、社長から「君がやるしかない!」と設立前からお話をもらっていました。そのような経緯で、自分の中でも覚悟をもってスタートさせていただきました。

-「LOSS TO VALUE」をはじめ、西武ラボで新規事業に関わるようになり、ご自身の中で変化はありましたか。

 SDGsやESG、サステナビリティアクションといった社会課題に対しての関心度の高さは、非常に強く感じています。正直、Chabaccoをとっても、私が想像していたよりはるかにご購入いただいています。もちろん商品力という面もあると思いますが、「環境負荷を低減し無駄を減らす」「地産地消で地域の活性化に役立つ」というコンセプトを打ち出しているので、やはりそこに共感いただいて購入いただけているのだと思っています。

 お客さまのエシカルな消費への関心は確実に高まってきており、結果が数字にも表れている。定量的なインパクトはまだまだ小さいですが、Chabacco、フラワーキャンドルともに、大変多くのメディアの方から取材のご依頼をいただいており、世の中に与えるインパクトは決して小さくないな、と感じています。

 「LOSS TO VALUE」は今はまだ2つの取り組みしか進んでいませんが、3つ目、4つ目をどんどん積み上げて、プロジェクト全体を少しずつ充実させていきたい、そう考えています。

編集後記

今回の取材では、社会課題を解決するプロジェクトの内容はもちろん、チーム・グループ内外でメンバーの方々が前向きに挑戦する姿が印象的でした。「新規事業を立ち上げるのは容易ではなく撤退する案件もあるが、検討中止になった案件をウェブサイトにあえて残す」というところに、西武ラボの挑戦し続ける姿勢と、田中さんがチームメンバーに「前向きに転べ!」「前向きな転倒はウェルカムだ!」とおっしゃっているスピリットがよく表れていると思います。   

同社にはさまざまな事業会社があるので、グループの総合力とオープンイノベーションで、Chabacco・フラワーキャンドルに続く新たな取り組みが日の目を浴び、第四、第五の事業として成長していくのも決して遠くない未来だと感じました。

(株式会社ブレーンセンター NT)

株式会社西武ホールディングス 

西武グループの持株会社として2006年に設立し、グループの中核事業を担う西武鉄道、西武・プリンスホテルズワールドワイド、西武リアルティソリューションズなど79の事業会社を統括する。「最良、最強の生活応援企業グループ」を目指し、2019年には「サステナビリティアクション」を策定。公共交通機関としての安全をベースとしながら、2050年カーボンニュートラルに向けたグリーン経営を推進している。

https://www.seibuholdings.co.jp/

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