環境問題への課題意識を原点に銀行を退職し、米国留学を経てサステナビリティ経営支援の道を切り拓いてきたCSRアジア代表の赤羽真紀子さん。企業のCSR・サステナビリティ部門の立ち上げや起業を経験し、現在は2社の社外取締役として企業価値向上に貢献しています。多様な経験を持つ赤羽さんが考える社外取締役の役割や責任、経営陣との信頼関係の築き方、そしてサステナビリティと成長戦略を結び付ける視点とは。社会課題の解決と企業の持続的な成長をどう両立させるのか――“翻訳者”として経営を支える赤羽さんの信念と哲学を伺いました。
Person
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株式会社パイオラックス/株式会社UACJ 社外取締役
CSRアジア株式会社 代表取締役
赤羽 真紀子
金融機関に勤めた後、米国留学などを通じて環境問題について学び、帰国後は日本企業や外資系企業で環境・社会課題解決のプロセスを経営やビジネス戦略に組み込む経験を数多く積み重ねる。2010年に「CSRアジア東京事務所(法人名:CSRアジア株式会社)」を設立し、日本企業のサステナビリティ戦略をグローバルな視点から支援。2022年からは株式会社パイオラックス、2023年からは株式会社UACJの社外取締役も兼任し、長期的企業価値の向上、ガバナンス強化、サステナビリティと成長戦略の統合に貢献している。
経済活動と環境保全をつなぐ道を求めて
――現在、2社の社外取締役に就任されていますが、どのようなキャリアからスタートされたのでしょうか。
大学では政治経済を学んでいました。ただ、当時から環境問題に関心があり、関連する仕事に就きたいと考えていましたが就職先はほとんどなく、1993年に銀行に総合職で入行しました。これには理由があって、前年にリオデジャネイロで締結された生物多様性条約のレポートを読むと、人間活動の多くが生物の多様性を脅かしているとありました。人間活動といえば経済活動…であれば、その血流を支える銀行であれば、企業の経済活動と環境保全のバランスをとるような仕事ができるのではないかと考えたのです。
ただ、今でこそ多くの金融機関が環境に配慮した融資を拡大していますが、当時の銀行にとって「環境」はメインストリームではありませんでした。そうしているうちに「自分のやりたいこと」と「今の仕事」がこの先どう結びつくのか…。なかなかつながらず焦燥感を抱き、結局1年で退社。自分のバックグラウンドをもう一度見つめ直そうと国内の大学に入り直したり、米国の大学にも留学してエコロジー(生態学)やバイオダイバーシティ(生物多様性)を学びました。
その後、日本に帰ってきて銀行での経験や留学で学んだことを活かせる仕事を探しました。ところが、まだまだ多くの企業が経済活動と環境保全を切り分けて考えており、「生物多様性?経営の何に役立つの?」という反応でした。ある会社では「わざわざ銀行を辞めてまで何がしたいの?」とまで言われたことも。今でこそ笑い話ですが、当時は自分の考え方が間違っているのではないかとすら思い悩みました。
培ってきた多様な視点をもとに経営を監督する
――ご自身の仕事で「経済活動」と「環境保全」がつながったのは、いつ、どんなきっかけでしたか。
悩んでいた私が再び前に進む力を得たのは2001年、新たに環境対応部署を立ち上げるというスターバックスコーヒージャパンに入社して、初のISO14001認証取得や牛乳パックリサイクル、店舗従業員への環境教育・啓発といったプロジェクトに携わり、経済と環境を両立させる仕事に取り組めたからでした。また、その後はセールスフォース・ジャパンや日興アセットマネジメント(現アモーヴァ・アセットマネジメント)でもCSR部門の立ち上げを経験。これら経験を活かして、2010年に企業のCSR/サステナビリティ戦略策定や実践支援を行うCSRアジア東京事務所を設立し、現在に至ります。
――起業された経緯を教えていただけますか。
起業する前年の2009年、マレーシアのクアラルンプールでCSRアジア(2004年に香港で設立)の国際会議に出る機会がありました。2005年くらいまでの日本はアジアのなかでもサステナビリティ、ESGでいうE(環境)はかなり優等生でした。それが社会(S)とガバナンス(G)を含めた全体をスコアリングすると日本はトータルで負けてしまうという現実がデータで示されていたんですね。そのときに「このままじゃまずいな」という危機感とともに、「日本企業が世界でもっと評価されるようにしたい」という原点を思い出し、CSRアジア東京事務所を立ち上げました。
――お話を伺うと、社外取締役への就任は、CSR組織の立ち上げや起業経験、マネジメント実績などが評価されて招かれたという印象です。
私からは「これが理由で選ばれた」とは言いづらいですが、いわゆるサステナビリティの専門家であることに加えて、ゼロから組織や仕組みをつくってきたマネジメント経験があること、起業したことなどで多少知名度が上がったことが任命理由になるかもしれません。
また、ビジネスの面ではBtoC企業で培ったマーケティング視点、資産運用会社で得た機関投資家視点、さらにNPO理事も経験してきたことから、多様なステークホルダーの視点から経営を監督することも期待されているのではないかと思います。
――多様な経験を活かして、どんな役割を果たしていきたいですか。
企業の「長期的な成長をめざす意思決定」と「サステナビリティの考え方」は今や切り離すことができない時代です。私はその親和性が高い企業ほど成長力も外部評価も高いと思っています。そのなかで、私はさまざまなステークホルダーが抱える問題意識や社会課題を企業経営の観点で経営陣に伝える、いわば“翻訳者”でありたいと思っています。
こうして社会課題解決をビジネスの機会につなげていくと同時に、社外取締役は企業の経営判断が本当に中長期的な企業価値向上につながっているのかを常に問い続けることが必要です。多様な視点、サステナビリティといった専門性を生かして経営をモニタリングし、必要であれば立ち止まることも促していきたいと考えています。
“横のつながり”を活かして経験不足を補う
――実際に社外取締役に就任して難しかったことは何でしょうか。また、それを乗り越えるためにどんな工夫をしていますか。
2022年に初めて社外取締役に就任しました。就任前は社外取締役が果たすべき役割や会社の状況を書籍や資料、知り合いとの情報交換などを通じて可能な限り勉強したつもりでしたが、実際の経営は日々情勢が変化しています。また、その対応も短期・中期・長期と異なる時間軸に対する判断の連続で、そのなかで有益な意見を述べることはとても難しかったですね。
とはいえ、事前の準備が不可欠との考えは変わりません。取締役会で適切な判断ができるよう、資料を読み込んで現場の課題を確認し、必要な情報を自分で調べ、関係者からも直接ヒアリングする。こうした事前準備に役立っているのが、サステナビリティ部門を新規に立ち上げてきた時から大切にしてきた“横のつながり”を活用することです。
――具体的にどんなことをされたのでしょうか?
2000年代の初めの頃、サステナビリティに関連する業務は各社とも社内で初めての場合が多く、ノウハウがありませんでした。そこで先行する事例やトレンド情報を得るために、他社の関連部門に直接話を聞きに行くことがありました。営業部門などではあまり社外との意見交換はしないと思いますが、サステナビリティ関連の部門はどの会社も似たような状況で、比較的垣根が低く意見交換がしやすかったんです。
また社内においても、いろんな部署の方にサステナビリティ活動の意義や目的をきちんと説明して協力を仰ぐことが不可欠です。そんな時、社内の方から「ちょっと興味がある」と打ち明けていただくこともあり、そうした人たちを勝手に“応援団”と位置づけながら(笑)、一歩一歩、活動を前に進めていきました。
こうした経験――社内外の多くの人とつながって対話し、意見交換しながら会社の方針の浸透度や現場の課題を理解することは、慣れない社外取締役の役割を果たしていく上でも大いに役立っています。実際、他社の社外取締役の方たちとの情報交換も多々あり、単なる知識の補完という意味あいだけではなく、自社の判断を相対化し、過信や思い込みを避ける上で重要な監督手段になっていると感じています。
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責任を果たすために、大切にしていること
――改めて今、社外取締役の責任を実感していらっしゃると思います。その責任を果たすためにどんな視点、どんなアプローチをしていますか。
社外取締役として、私自身が常々大切にしていることは3つあります。
①独立した視点を忘れない
一つは、常に独立した視点を持ち続けることです。何年かその会社にいて人間関係ができると、正直、意見を言うことに躊躇する場面もあります。それでも言わなければならない立場です。そのため「なぜ自分が今ここにいるのだろうか」と、いつも自問自答しながら仕事をしています。
また、発言にあたっては、主語を「We(私たち)」とするか、「They(彼ら)」とするか。つまり、経営チームの一員としてなのか、外部の監督者としてなのか。修業が足りないと言われればその通りですが、未だに悩んでいる難しい問題です。ただ、悩む瞬間にこそ、独立社外取締役としての立ち位置が試されていると考え、常に「経営を監督する責任を曖昧にしていないか」と自分自身に問いかけています。
②Nose in, Hands outを実践する
これも未だに悩む難しいことなのですが、社外取締役には「Nose in, Hands out(ノーズ・イン、ハンズ・アウト)」という言葉があります。「鼻を突っ込んで経営の中身を監督しなければならないけれど、手を出して執行はしてはいけない」という意味ですが、どこまで手を入れると執行になってしまうのか。この線引きがとても難しい。ただ、執行サイドに向けた助言を怖がっていると、間違った行為を見過ごすかもしれません。取締役と執行役の境界線上を行ったり来たりしながらですが、今後、監督機能の実効性がこれまで以上に求められるという自覚を忘れずに議論に臨んでいきたいと考えています。
③次世代の声を経営につなぐ
加えて、心がけているのが、社内の若手の困り事をすくい上げることです。社内の若手社員と打ち合わせをする機会があるのですが、取締役のなかでは比較的若いことで話しやすいのか、いろいろ相談されることがあります。そこで今はなるべく「困っていることはないですか?」「やりづらいことがあれば教えて」と、現場の困り事に早めに気づけるような質問をしています。必要があれば取締役会で現場の声を伝えながら、自分が役に立てることで会社の価値を向上していきたいと思っています。
対話を通じた「信頼関係」がすべての基本
――役割や責任に悩みながらも真摯に向かい合われていることがよくわかりました。その前提として、高いコミュニケーション力が必要とされると思うのですが、いかがでしょうか。
そうですね。ガバナンスを機能させるためには社外取締役と、執行役を含む社内取締役のコミュニケーションによる「信頼関係」が不可欠です。逆に言えば、相手に耳の痛いことを言うための前提条件が信頼関係です。これがないと、どんなに正しいことでも耳を傾けてもらえません。また、信頼関係がなければ必要な情報も十分に集まらず、監督の実効性が担保できません。だからこそ普段から対話は大切にしています。
――さきほど、「ステークホルダーの声を経営陣に伝える翻訳者でありたい」と仰っていましたが、株主や投資家の声を聞くこともますます重要になっています。
本当にそう思います。実は私自身は昨年、初めて社外取締役として株主である機関投資家の方と対話をする機会があったのですが、その時「社外取締役がこういった場に出てきてくれたのは初めてだ」と仰る方がいて、とてもびっくりしました。後日、他の機関投資家の方にも聞いたのですが、社外取締役との面談をリクエストしても会社が許可しない、あるいは社外取締役が出ようとしない会社もあるそうです。株主の信任を得て社外取締役という立場になった以上、株主と対話するのは当然だと思っているのですが、まだそれは一般的ではないということを知りました。
社外取締役は経営を監督する立場なので、市場の厳しい目に自らさらされる覚悟が必要だと私は思っています。株主との対話は、取締役会の監督が外からどう見えているかを確認できる場でもあり、監督責任を引き受けている以上避けてはならないものだと思っています。とはいえ、そんな私も対話の後、「株を売られてしまったらどうしよう」とドキドキしましたが(笑)。
「社会が良くなってこその事業」という志を受け継ぎ、次世代に伝えていく
――今後、経営陣や社内に向けてどんな助言をしていきたいとお考えですか。
私の専門であるサステナビリティ領域で言えば、「ネイチャーポジティブ」という概念を、みなさんがしっくりくるようなかたちで発信していきたいと思っています。「ネットゼロ」や「ゼロエミッション」は、今まで人間が排出してきたものをゼロに抑えるという考え方です。そうではなく、すでに人間の経済活動によって生物多様性や生態系が破壊されマイナスの状態なのだから、「回復・再生させた上でさらにプラスに転換するところまで取り組んでいきましょう」というのがネイチャーポジティブの考え方。とても難しい問題ですが、産業界での共通認識にしないと、いつまで経っても本来の自然には戻らないという危機感があります。ちなみに現在、担当している2社はともに環境対応は比較的優れていますが、両社に対してもネイチャーポジティブの意義をお話ししています。
――最後に、この記事の読者、また若い世代へのメッセージをお願いします。
社会が良くなってこその事業という意識は、世界的に見ても日本は高いと個人的に感じています。事業による社会課題の解決を掲げて創業した会社も数多く存在します。ところがここ20~30年、ビジネスの成果を追求してきた企業が増えてきた印象だったのですが、最近になって、創業の精神に立ち返って社会課題解決と事業活動の関係を改めて考え直そうという機運が高まっていると実感しています。その志を受け継ぎ、さまざまな経験を通じて培った知見や知恵を活かして持続的な成長を後押しすることが私の役割、そんな思いで務めていきたいと思っています。
また、こうした志を受け継ぐ次世代の人たちにメッセージを送るとすれば「突っ走っていいよ。自分の応援団を大切にしながらね」と伝えたいです。銀行員時代から今に至るまでずっと思っていることなのですが、問題意識が自分のなかに芽生えた時、その感覚は大切にしてほしい。だからいろいろなことにチャレンジしていただきたいのですが、その際、私もそうだったように周囲とコミュニケーションをとりながら、自分の“応援団”になってくれる人を見つけて、一緒になって突っ走ってほしいと思います。
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