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あなたの会社のSDGsの達成度を測っていますか?

株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト

渡辺 珠子

2002年名古屋大学大学院国際開発研究科(国際開発専攻)修了。メーカー系シンクタンクを経て2008年日本総合研究所入社。新興国・途上国のソーシャルベンチャーと日本企業を連携させた新規事業立ち上げや、現地の社会・環境関連ビジネスの調査に多数携わる。その経験をもとにスタートアップ支援、企業の社会インパクト評価、ESG評価、インパクト投資の調査等にも従事。著書に「SDGs入門」、「行職員のための地域金融×SDGs入門」など。

Contents

 

コロナ禍で進んだSDGs

 2015年にSDGsが採択されてから7年目に突入しました。この7年間で日本企業のSDGsの認知度や取り組みはどの程度進んだのでしょうか。一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)と公益財団法人地球環境戦略研究所(IJES)が20222月に発表したアンケート調査結果(※1)によると、「経営陣に定着している」と回答した企業は95.5%と前年より10.4ポイント増加しています。また「中間管理職に定着している」は82.1%で前年より38.4ポイント、「従業員にも定着している」は77.1%で前年より39.0ポイントとどちらも過去に類を見ないほど大幅に増加しており、経営トップだけでなく会社全体での理解浸透が進んでいる様子が窺えます。  

 またこの調査において注目すべき結果の一つは、SDGsの取り組み進捗状況に関するものです。同調査では、企業が事業活動を通じてSDGsに取り組むための方法を5つのステップで解説している「SDGsコンパス」をもとに進捗状況を確認していますが、それによるとステップ4「経営へ統合する」に取り組む企業は2020年から2021年にかけて12.3ポイントと大幅に増加し27.4%でした(※2)。「経営に統合する」には、企業内のすべての機能にSDGsを組み込むことが含まれています。この増加の背景の一つとして考えられるのが、新型コロナウィルス感染拡大と、それに対して各国や企業等が行った対策です。特に日本を含めて多くの国が2050年にカーボンニュートラル達成を掲げ、コロナ禍からの景気回復と脱炭素の両立をはかる動きが活発化したことで、事業活動を一層推進しつつCO2を中心に温室効果ガス削減や廃棄物削減などの環境対策の強化に取り組むことを経営計画に盛り込む企業が一気に増加しました。また、感染症対策の一環としてテレワークや在宅勤務の推進など働き方の選択肢を増やすだけでなく、外出制限や対面コミュニケーションが減ったことによって生じる健康やウェルネス維持・向上のために新たな福利厚生サービスを導入する企業も増えました。売上や利益確保のための事業と企業の組織運営の両面で、SDGs達成に関連する取り組みが拡大したのです。2022年3月発表の最新のアンケート調査結果によると、ステップ4「経営に統合する」は19.7%と前年より7.7ポイント低下しています。これは経営への統合を終え、事業活動とSDGsを連動させた経営を推進する企業が増加したことを示しています。

※1 出所: 一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)、公益財団法人地球環境戦略研究所(IJES)「SDGs進捗レポート2022」(2022年2月)(https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/policyreport/jp/11980/220228_SDGs+business_jp.pdf

※2 出所:一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)、公益財団法人地球環境戦略研究所(IJES)「コロナ禍を克服するSDGsとビジネス~日本における企業・団体の取組み現場から~」(https://www.iges.or.jp/jp/pub/sdgs-and-business-covid-jp/ja)(20213月)

SDGsの取り組みに対する懸念

 SDGsに取り組む企業が拡大する一方、その取り組み方に関して課題も浮き彫りになってきました。SDGsをめぐる課題は主に2つです。一つは自社の事業活動とSDGsの目標を紐付けて自社ウェブサイトなどで公表しているものの、紐付けただけで継続的な取り組みが進んでいないという課題です。女性活躍推進のために産休・育休制度を導入していますと社内研修などをウェブサイトで紹介しているものの、その後3〜4年たっても実際に産休・育休制度を利用する人はほとんどおらず、また女性従業員が活躍する機会を与えられていないと感じている状況にある企業などが代表例です。

 もう一つはSDGsウォッシュです。SDGsウォッシュとは、実際には不都合な事実があるにも関わらず、自分にとって都合の良い情報だけを伝えることや、実態以上に取り組んでいるように見せるという「見せかけだけの取り組み・対応」のことです。一つ目の課題の例に挙げた企業が、仮に自社ウェブサイトで「女性活躍推進に力を入れ、女性従業員の満足度も高い」などと謳っていたら、これは実態以上に見せかけているSDGsウォッシュだと批判対象になるでしょう。

 その他のウォッシュの例として食品製造・販売企業を取り上げてみましょう。有機栽培の原材料を積極的に使い、地球環境に優しい商品開発に取り組んでいても、実は製品に使用しているパーム油の調達先の農園が熱帯雨林を破壊しており、野生動物の減少の要因を作っていた、という場合はSDGsウォッシュに該当します。その食品製造・販売企業が提供している食品は、熱帯雨林や野生動物の犠牲の上に製造されているという、自社にとって不都合な事実に向き合っていないことが課題です。このように、SDGsウォッシュにはサプライチェーン全体でSDGsの目標に整合した取り組みが行われているかという観点で批判されるケースが少なくありません。仕入れ先や販売先に委ねるのではなく、原材料の調達から廃棄・リサイクルに至るまで、SDGsの観点から大きな問題を抱えていないかを自社で確認することがますます求められるようになっています。

SDGsの取り組み効果を可視化する

 SDGsにおける課題を回避し、SDGs達成に貢献する事業活動の活性化をはかる有効な手段と考えられているのが、SDGsの取り組み成果や効果を測り、進捗管理および改善を行うことです。インパクト測定・管理(Impact Measurement and Management: IMM)として取り上げられることもあります。事業活動が社会や環境にもたらす成果や波及効果などの変化(インパクト)を測定・評価し、その評価結果を投融資判断に活用する金融手法として「インパクト投資」や「サステナブル・ファイナンス」が近年注目を集めています。IMMは投融資先の事業活動がもたらすインパクトを可視化し、投資家や金融機関に報告するための手段であり、また事業活動を通じてインパクトを効果的に発現させるための手法でもあります。少し注意が必要なのは、IMMは事業活動や取り組みの単純な結果を測ることではなく、それらに取り組んだ結果、巡り巡って環境や社会にどのようなインパクトをもたらしたのかを測り、管理することを重視しているということです。例えば電気自動車の製造・販売はもちろんCO2排出削減に貢献する事業活動ですが、IMMの測定・管理対象は、電気自動車の販売台数ではなく、その電気自動車が製造、使用されることによって削減される年間何万トンものCO2排出量です。

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国連が始めたSDGインパクト認証制度

 IMMの考え方をベースとし、企業のSDGsの取り組みを評価する方法に国連開発計画(UNDP)が立ち上げたSDGインパクト認証制度があります。これはSDGs達成に貢献する事業やファンドの基準を設け、「この事業や投資はSDGs達成に寄与する」という認証を付与するものです。審査や認証はUNDPが指定する専門の第三者機関が実施します。環境やESG投資については、国際的に様々な原則やガイドラインがありますが、SDGs達成貢献に焦点をあて、国際機関が認証を与える取り組みは世界初です。UNDPとしてはSDGインパクト認証制度を通じて、SDGs達成に寄与する事業活動により多くの融資や投資が行われるとともに、SDGsウォッシュや継続的な取り組みを行なっていない企業がその活動を是正することを期待しています。

 ただしSDGインパクトには認証を受けるために企業側が提示する情報の項目は示されていますが、効果の測定方法や評価指標は具体的に提示されていません。CO2排出量や廃棄物など環境関連のインパクトは数値で可視化できるものが多いので、指標は設定しやすいのですが、働きがいや多様性、地域社会への影響などについては、企業みずからが説明可能な指標を考える必要があります。またSDGインパクトでは、5年や10年といった長期的にもたらされる効果や影響についても問われます。企業は様々な角度から自社の事業活動がどんな社会・環境価値をもたらすのか、そのためには今後強化・改善すべきことは何かなどを具体的に説明しなくてはいけません。

 SDGインパクト認証制度は一見取り組みにくそう、面倒くさそうという印象を受けますが、現在多くの日本企業が取り組んでいる気候関連財務情報タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures: TCFD)や、昨年から日本でも注目を集めている自然関連財務情報開示タスクフォース(Task Force for Nature-related Financial Disclosures: TNFD)と共通する項目もありますし、ESG投資家を株主に持つ企業にとっては今後SDGインパクトと同等の情報開示を求められることは十分考えられます。最近では地方銀行を含め、SDGsやESG対応状況を踏まえた融資審査を行う金融商品を提供する金融機関が増えてきたことも考慮にいれると、SDGインパクトを参照しつつ今から対応できる範囲を確認し、インパクトについて考えておくことはどの企業においても重要です。

SDGs取り組みのマイナス効果を理解する

 先ほど、SDGsウォッシュにはサプライチェーン全体で見た時にSDGsの目標に整合していないと批判されるケースがあると書きました。現在までのところ、SDGsウォッシュとして取り上げられるのは明らかに人権侵害や環境破壊を引き起こしているケースがほとんどですが、ウォッシュとは言われないもののマイナスの効果を生み出している、もしくは生み出しうる取り組みは比較的多いのが現状です。

 例えば、食品廃棄物を削減するために食品パッケージを工夫して、食品の消費期限を延ばす取り組みを考えてみましょう。SDGsの目標12達成に貢献する取り組みです。例えば高密着性など機能を高めた食品パッケージ素材に変更することで、真空にする、食品用ガスを充填する、遮光性・遮熱性を高めるなどと食品の消費期限を延ばすことが可能です。しかし、これらの機能を持つ素材を選択する時にコスト優位性を考慮に入れると、どうしても石油由来素材で、生分解性でないプラスチック素材の食品パッケージを選択せざるを得ないことがあります。食品廃棄物削減には貢献しますが、プラスチック廃棄物の増加、石油資源の利用削減という観点で見るとマイナスです。マイナスではありますが、もしも適切な廃棄物処理が行われている、素材としての石油使用量が少量であるとすれば明確にSDGsウォッシュとは言えません。

 他にもAIや自動化技術が高度化することは産業の発展や人々の生活の利便性や快適さを高める上でプラスであり、SDGsで言えば目標9達成に貢献しますが、就労の機会を失う人が生まれるという目標8達成におけるマイナス効果も考えられます。太陽光パネルの設置面積を増やして再生可能エネルギー利用率向上に貢献することは、目標7や目標13の達成に貢献しますが、設置する場所によってはその地域に生息する昆虫や微生物を含めた動植物の生態系を危険な状態に追い込むことにつながり、目標15達成においてはマイナスです。

 ほとんどの事業活動はSDGsの目的達成にプラス効果もあれば、マイナス効果もあります。マイナス効果は自社で製品を製造する前、つまり原材料の調達や加工、輸送などのサプライチェーンの上流で発生することもありますし、消費や廃棄などの下流で発生することもあります。もちろんサプライチェーン上には現れない地域に住む人々や環境、将来世代で発生することもあります。これらのマイナス効果が出現することを前提に、自社のSDGsの取り組みがもたらす波及効果を今一度考えてみることは非常に重要です。

 マイナス効果が出現する可能性が高い場合、そのマイナス効果を緩和する対策を取ることもSDGsの取り組みの一つです。食品パッケージ素材の例で言えば、コストがかかっても植物由来でかつ生分解性で高機能な食品パッケージ素材を採用し、消費者にも理解を求めることも考えられますし、プラスチック廃棄物削減を中心に考える場合には、紙素材に変更して、内容量を少量にし、その代わりに消費期限は今までよりも短くする方法もあるかもしれません。また、プラスチック廃棄物のケミカル・リサイクルを一層推進するために、技術開発を行う企業(スタートアップを含む)にCSR活動の一環として金銭的支援をするのも一案です。

自力で考え行動することがますます重要に

 SDGsは2030年を達成年としていますが、それが意味するところは、今目の前にある環境や社会の問題を解決・緩和し、誰もが安心・安全で快適な生活を送れるようにしようというだけではありません。それらの問題は2030年に消えて無くなる問題ではないのです。SDGsは将来世代のニーズや、将来世代が直面するであろう環境・社会の問題を想定し、それらの解決・緩和も進めることによって、現在の世代と将来の世代の両方が安心・安全で快適な生活を送れるようにしようと、私たちに投げかけているのです。従って同じCO2排出削減だけとっても、これだけをやっておけば正解、という取り組みはなく、自社の事業活動や事業規模、将来の事業計画を踏まえつつ、プラスとマイナス両面のインパクトを考えた上で何に取り組むか、何を強化するかを検討する、というのが本筋です。しかも、技術が発展したり、経済や社会情勢が変わることによって、プラスとマイナスの判断基準が容易に変わることが想定できます。Perspectivesに登場するビジネスパーソンの方々のインタビュー記事を拝見していると、自力で考える「クセ」が身についているとつくづく感じます。目の前の課題だけでなく、自分が置かれているバリューチェーン全体を俯瞰して、この取り組みを行うことで10年、15年後にバリューチェーンがどう変化するのかを考えながら、様々な挑戦をしていって頂ければと願ってやみません。

 なお、プラスとマイナスの判断基準については、国が法制度として良し悪しの基準を示すべきだと考える人がいるかもしれませんが、判断基準が出てくるのを待っていたら、市場競争に乗り遅れてしまう可能性は高いでしょう。世の中の情報に目を向け、常に自力で考え続ける癖をつけることが、SDGsが訴える持続可能な社会の構築に貢献するだけでなく、企業の持続可能性にもつながるのです。

キーワード:インパクト認証/国連

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